綺跡

※本作は以前noteにアップした「沈丁花が枯れたとて」の続きとなっています。読んでいない方はこちらからどうぞ。

辰也
里沙

松下
北村

里沙 海に面した崖っぷちに大きな白い館がひとつ、たっていました。
   館には少年とその父、あとお手伝いさん何人かが住んでいます。
   心地の良い潮風がサラサラと流れる館の庭を少年は歩いていました。
   少年の目線の先には大きな花壇があります。
   けれど、少年の向かう先はそこではありません。
   青く広い海と微かに丸みを帯びた地平線を望める、
   庭の隅っこが少年の場所でした。
   少年の場所には決して綺麗とは言い難い花が咲き乱れています。
   少年はその花々ひとつひとつに名前を付け、
   友人のように接しているのです。
   「おまえは、どうしていつもここにいるんだい?」
   咲き乱れる花々のうちの一輪、バシュが訪ねて来ました。
   バシュは地表に顔を出してからもうかなりたちますが、
   未だに開花する気配すら見えません。
   「咲く前に枯れてしまうかもしれないな」
   なんて、自重気味に呟いていたのを思い出します。
   「お父さんが邪魔だからどこかへ行けって言うから、
    ここに来ているんだ」
   少年は答え、バシュに質問を返しました。
   「君こそ、どうしてここにいるの?
    あっちに大きな花壇があるじゃないか」
    少年の質問にバシュは笑い声をあげます。
   「あんな華やかな所に私のような汚らしい者がいれば
    目立って仕方がない」
   シナシナになった茎を潮風で揺らしながらバシュは言いました。
   「それに、私はあそこが嫌いなんだ。皆が皆、周りのに合わせて、
    初めから決められた位置や色で咲いている。
    そんなの、ちっとも面白くない」


 ひととおり読んだ里沙は辰也の方を向く。

里沙 ……どうかな。
辰也 どうかな……。悪くは無い、けど良くも無いかな。
里沙 えー……
辰也 なんかなあ。ソウルが無いんだよ、里沙の読み方には。
里沙 あたし、精神論ほざく奴って信用してないんだよね
辰也 そんなこと言うなよ……
里沙 ねえ、なら辰也が読んでみてよ。
辰也 おっ。しょうがねえなあ。いっちょお手本見せてやろうかな。

辰也はノートを持つ。

辰也 ふむふむ、なるほどね。

 里沙にノートを見せる。

辰也 ねえ、これなんて読むの?
里沙 これはね……

 辰也はノートを持つ。
 里沙にノートを見せる。

辰也 ねえ、ねえ、これはなんて読むの?
里沙 これはね……

 辰也はノートを持つ。
 里沙にノートを見せる。

辰也 ねえ、これは……
里沙 うん、わかった。もういいよ。
辰也 あ、そう?
里沙 あーあ。先が思いやられるなあ。……あ、でも合同レクリエーション自体は楽しみなんだよね。
辰也 どうして?
里沙 響先生に聞いたんだけど、合同レクリエーションの会場のたんぽぽ園?って施設はさ、人里離れた丘の上にあって、そこで見える星空がそれはもう綺麗なんだってさ。
辰也 星が見たいの?
里沙 うん。
辰也 女子みたいだね。
里沙 女子だからね。
辰也 でも、どうせ窓から覗く程度だろ?楽しみにするには弱いと思うけどなあ。

 里沙は欠伸をし、辰也から視線を逸らす。

里沙 ねえ、もう寝ない?
辰也 なんだよ、つれないな。
里沙 夜更かしは美容の敵なの。
辰也 女子みたいなこと言うね。
里沙 女子だからね。
辰也 何か、面白い話しようぜ。
里沙 面白い話ねえ……。

 里沙は少しだけ考えて話す。
 辰也はうとうとしだす。

里沙 そうだ、あたしが高校通ってた頃の話。アノミー病予備軍になった時にね、クラスメイトの奴に『ばい菌が話しかけるな』って言われたのよ。非道い話でしょ?で、そいつをもう、ボッコボコにしてやったわけ。でも今考えるとさ……寝てるし。

 里沙は毛布を持ってきて、辰也にかける。
 里沙は辰也の顔をじっと見つめる。
 辰也は身体を大きく動かして毛布を払いのける。
 里沙は辰也に毛布をかける。
 辰也は身体を大きく動かして毛布を払いのける。
 里沙は辰也に毛布をかける。
 里沙は辰也の隣に毛布をしき、辰也を転がして毛布の上に乗せる。
 毛布の上に乗った辰也を毛布でくるんだところで、外から鳥の囀りが聞こえてくる。

里沙 え、嘘。一睡もできなかった。

 舞台に菫がプリントを持って登場。

菫  おはよう。

 菫の声に反応して辰也が起き上がる。

辰也 おはよー。それ、予定?
菫  うん。そうだよ。

 菫はプリントを里沙と辰也、それぞれ一枚づつ配る。
 里沙はプリントを受け取った後にウトウトし始める。

菫  ええと、今日の予定は午前十一時から朗読。午後零時から昼食で、午後一時半から野外運動。午後三時から映画鑑賞。午後五時から自由時間。午後七時から夕食で、午後十時に就寝。午前零時に消灯……だって。
辰也 昨日と一緒じゃん。
菫  うん。てゆうかずっと同じだからね。左上の日付が一ヶ月変わってないよ。
里沙 ごめん、あたし寝るわ。

 そう言って里沙は横になる。

菫  あ、うん。おやすみ。

 暫くすると里沙の寝息が聞こえてくる。

菫  寝ちゃった。
辰也 昨日遅くまで本読みの練習してたからなあ。
菫  え、そうなの?悪いことしちゃったかな。
辰也 菫ちゃんは悪くないって。皆合同レクリエーション成功させたいのは一緒なんだから。
菫  ……うん。
辰也 でもさあ、里沙ってば読み方は魂がこもってないんだぜ。まあ、めちゃめちゃ練習してるし、悪くは無いんだけどね。
菫  そっか。
辰也 まあ、里沙ならやってくれるよ。オレにできるのはそのくらいだからな。
菫  そうだね。そういえばさ、絵本の新作ができたの。辰也くんに読んでほしいな。
辰也 本当に?さすが菫ちゃん。筆が早い。そういえば、この前里沙がさ、「菫ちゃんの新作が読みたい」って言ってたんだよ。
菫  ……へえ、そう。里沙ちゃんが、ねえ。
辰也 でも、あいつ、あんまし、しっかり読んでる感じしないんだよなあ。
菫  そうなんだ。

 ちょっと不思議そうに辰也から目を逸らす菫。
  SE お腹がなる音。
 顔を合わせて笑う二人。

菫  お腹すいたね。今日の朝ごはん何かな?
辰也 エビチリかな。エビチリがいいな。
菫  辰也くん、エビチリばっ(かりだね)。

 菫が話し終える前に辰也が喋る始める。

辰也 そういえば、この前里沙がさ、オレがあまりにエビチリエビチリ言うもんだから、オレのこと「エビチリ狂い」だなんて言うんだぜ。ひでーだろ。
菫  あ、うん。そうだね。

 少しの間。

辰也 そういえば、里沙がさ。
菫  待って。待って、辰也くん。あのさ、さっきから里沙ちゃんの話ばっかりしてない?

 辰也は考え込む。

辰也 そうかな。
菫  そうだよ。遠ざけても、また帰ってくる……。ブーメランかと思ったよ。

 少しの間。

辰也 は?
菫  なんでも無い。やっぱり、ずっと一緒にいるから里沙ちゃんの話題ばっかになっちゃうのかな。
辰也 えー。そんなに一緒にいるかなあ。
菫  いや、いるでしょ。
辰也 えー。

 辰也は考え込む。

辰也 あー。確かに、一緒だったかも。え?いすぎて意識してなかったのか……?
菫  辰也くん、辰也くん。それはつまり、普段一緒にいすぎて、逆に意識してなかったってこと?

 少し間。

辰也 ……うん。オレと言ってること同じだね。
菫  なるほどね。うん、わかった。完全に理解したよ。
辰也 ちょ、ちょっと待ってくれよ。菫ちゃんだけで自己完結しないでくれ。
菫  え、なんで?
辰也 そんなこと言われるとさ……その、しちゃうじゃ無い?……意識。
菫  うーん。そっか。尊いね。
辰也 うん……ん?何か言った?
菫  辰也くん。ちょっと向こう向いてて。

 辰也は菫と逆の方を向く。
 菫は自分の顔を叩く

菫  戻していいよ。

 辰也は顔を戻す。

辰也 あれ、菫ちゃん顔赤くない?
菫  辰也くんこそ、顔真っ赤だよ。
辰也 本当だ。えらい火照ってる。何なんだ、この感情。気持ち悪い。
菫  辰也くん、それは「好き」っていう感情だと思うよ。

 辰也は狼狽しながら、菫と距離を置く。

辰也 はあ?まさか。女子は色恋が好きだから、短絡的でいけねえや。
菫  短絡的なんかじゃないよ。わたしは点と点を線で結んだだけ。その結果がこれよ。
辰也 いやいや。違うね。昨日まではこんな変な意識はなかったはずだ。
菫  じゃあ、わたしが言うことによって誰も気付かないくらい小さな種が芽吹いたのかも。
辰也 はっ。なるほどね。余計なことをしてくれたよ。
菫  わたしはファインプレーだと思うけどね。我ながら。

 二人は寝ている里沙をみる。
 辰也は菫の前に戻ってきて正座する。

辰也 で、オレはどうすればいい?
菫  どうするも何も、気持ちを伝えた方がいいよ。ううん、伝えなきゃ駄目だよ!
辰也 しかしだな……突然オレが下心を持って接したとして、むしろ嫌われたりしないだろうか。
菫  辰也くんくらい真っ直ぐな人なら、たとえ振られたとしても、里沙ちゃんは辰也くんを嫌いになったりなんかしないよ。もしも嫌いになんかになったら、わたしが……
辰也 破壊しちゃうの?
菫  ……しないけど、まあ、その、それとなく不満を伝えるよ。辰也くん。こんな施設に放り込まれて、不幸と不幸の巡り合わせで、奇跡みたいに生まれたその気持ちを、飼い殺しになんかしちゃ駄目だよ。
辰也 わかった。オレ、やるよ!

 里沙がむくりと身体を起こす。

里沙 おはよー。

 びくりと反応する辰也と菫。
 三人は等間隔に座る。
 沈黙が訪れる。

菫  わたし、ちょっとお手洗い……

 辰也、めちゃめちゃ驚く。
 菫は立ち上がり、舞台を去る。

辰也 はあ?
里沙 え、そんな驚く?

 辰也も菫の後を追うように立ち上がる。

辰也 じゃあ、オレもトイレ……

 菫は立ち止まり、辰也を睨む。
 辰也、元の場所に戻る。

辰也 ……と思ったけど引っ込んだからいいや。

 菫、舞台をはける。
 沈黙が訪れる。

辰也 里沙さ
里沙 うん。
辰也 最近どう?
里沙 え?ぼちぼちだよ。
辰也 ……ふーん。

 沈黙が訪れる。

辰也 あのさ。
里沙 うん。
辰也 あの、最近何かいいことあった?
里沙 え?……あの、本、あるじゃない。文庫本的な。
辰也 うん。
里沙 それ、を、落としちゃったんだけど、なんかね、うまい具合に回転して、こう(ポーズをとる)、ね、地面に、立ったの。
辰也 うん。
里沙 ……以上です。
辰也 ……ふーん。

 沈黙が訪れる。

辰也 里沙、今朝、寝れた?
里沙 ちょ、ちょ、どうしたの、大丈夫?微妙に広げづらい話題ばっかだけど。あ、あと今朝は一睡もしてないよ。……これは関係ないか。
辰也 うん……ごめん。
里沙 いや……別にいいけど。

 沈黙が訪れる。

辰也 あ、あのさ!

 松下が舞台入り。

松下 大貫さん。ちょっとお時間いいかな。

 里沙が面倒臭そうに答える。

里沙 松下さん。まだ、朗読の時間じゃないですよね。
松下 はい。君には別件でちょっと用があるので。

 里沙は舌打ちしながら立ち上がる。

里沙 手短に頼みますわ。
松下 善処します。

 里沙と松下は辰也より舞台上手へ。
 辰也は悔しがる仕草をした後にストップモーション。

里沙 で、用って何ですか。
松下 大貫さん。あなたは来年幾つになりますか?
里沙 19です。
松下 一般的に19歳とはどういった歳でしょうか。
里沙 さあ。高校卒業して……大学行くか、働くか……じゃないですか?例外はあるでしょうけど。
松下 ここでは、19歳になると、この青年クラスを抜けて成人クラスに移動になります。
里沙 存じ上げています。
松下 ここで話は変わるんですけどね、来年、都内に新しいリハビリ施設ができるんですよ。
里沙 へえ。それはそれは。
松下 専任のセラピストと医師が常勤してアノミー病を治すための設備が整っているそうです。
里沙 素敵。治る人なら治るでしょうね。
松下 大貫さん、君にはそちらに移動してもらいます。
里沙 お誘いありがとうございます。でも、私、こっちに「染まって」しまったので、もう手遅れかと。
松下 大貫さん。君は拒否権はありません。これは決定事項です。

 里沙は頭を掻きながら目に見えて動揺する。

里沙 ……なんていうかな。私、ここが好きなんです。菫ちゃんは……笠原さんは良い子だし、堀江くんは面白い人だ。一緒にいて楽しい。
松下 それは良かったです。
里沙 そりゃあ、不満はありますよ。世界から爪弾きにされて。だけど、ここでそれなりの信頼も築くことができたんです。私はこうやって馴れ合うことすら許されないんですか?
松下 大貫さん、君はここに入ってまだ日が浅い。まだ戻ってこれる。
里沙 どうだか。そんな簡単にまともになれんなら、もうとっくになってますよ。
松下 大丈夫。悪いようにはなりませんよ。大貫さん、僕は君を信じていますから。

 松下は舞台をはける。

里沙 ……響先生と同じことを……きもちわる……

 里沙は辰也の元に戻る。
 辰也はストップモーション解除。

里沙 ただいま……。

 里沙はため息交じりに項垂れる。
 そんな里沙を見て困惑している辰也。

辰也 どうかしたの?
里沙 ……べつに。

 沈黙が訪れる。
 辰也は大きく深呼吸して、両頬を叩く。

辰也 よし!

 辰也は里沙に向き合う。

辰也 里沙!ちょっと話があるんだけど。
里沙 ……なに?

 葛藤の沈黙。

辰也 お、オレは里沙のことが好きだ!そ、その恋愛的な意味で。なんかなあ、職員に向かって下らない寸劇したり、毒にも薬にもならないような下らない話したりしてて、なんとなく気付かないでいたけど、多分これは「そういう好き」だと思う。だ、だから、その、里沙はオレのことどう思ってるのか、聴きたいなー……なんて……。

 沈黙。
 里沙がため息交じりに話し出す。

里沙 ……勘弁してくれよ……。

 里沙は立ち上がり、辰也に背を向ける。

里沙 なんであんたはさ、そうやって人のこと考えないで、いけしゃあしゃあと喋れるわけ。あたしが好き?そう、ありがとう。嬉しいわ。で、あんたはそれを言うことによってあたしのメンタルにどんな影響を及ぼすのか、とか考えないの?考えないよね。そうやって口に出してんだからさ。あたしは嫌いだよ、あんたのこと。あたしは人のこと考えないで、人が何を思ってんのか知らないで、好き勝手に振る舞うあたしみたいな奴が大っっっ嫌いなんだよ!

 沈黙。

辰也 ……ごめん。

 辰也は舞台をはける。
 里沙はその場に膝をつく。

里沙 あたしは人のこと考えないで、人が何を思ってんのか知らないで、好き勝手に振る舞うあたしみたいな奴が大嫌い。

 菫が舞台に入ってくる。

菫  里沙ちゃん……?あの、どうしたの?
里沙 菫ちゃん。全部見てたの?
菫  えっ!?あ、いや、な、なんのことだか……ええと……はい、すいません。見てました、全部。……てゆうかね、あの、その、わたしも、ね、噛んでました。一枚。

 沈黙。

菫  ごめんなさい!
里沙 いいよ別に。あたしが大人気なかっただけだからさ。菫ちゃん。あいつ、馬鹿だからさ、想像できないんだよ。あたしが来年から別の施設に移動になって、ふたりと離れ離れで寂しいなとか思ってて、そんなタイミングで告ったら余計に寂しくなって、あたしのメンタルにどんな影響を及ぼすかなんて、想像できないんだよ、あいつは。……ってことが想像できないあたしが一番馬鹿なんだよ!

 里沙は菫と向き合う。

里沙 アノミー病予備軍に指定された時、あたしをばい菌呼ばわりしてきた奴をボコボコにしてやったことがある。向こうが悪い?違うね、100%じゃないけど悪いのはあたしだ。だって、向こうは不安だったはずだよ。会話したら病気になるような奴が同じ空間にいるんだから。よくできたシステムだよね。他人を思いやる気持ちが無いから、アノミー病なんかになっちゃうんだ。
菫  だったら初めから関わらなければいい?火の無い所に煙は立たないから。それを否定したのは里沙ちゃんだよね?
里沙 あたしは菫ちゃんみたいに優しく無いからさ。
菫  ……里沙ちゃんは優しいよ……。

 里沙は菫に背を向ける。

里沙 あたしは大貫里沙。あたしはとっても強い子。あたしは曲がった事が大嫌い。でも、それゆえにたくさんの人を傷つけるの。だってあたしは筋金入りの気狂いだから。ははは、ウケる、曲がってんのはどっちだっつーの。菫ちゃん、悪いけど出てって。一人になりたいの。
菫  里沙ちゃん、これを免罪符にするつもりはないけど、人と傷つけないように接するのは不可能だと思うよ。分かり合えないから分かち合えるんだ。ごめんなさい。でも許してほしい。辰也くんを、里沙ちゃん自身を。

 菫は舞台をはける。
 里沙は『隅に咲く花』の朗読をする。

里沙 朝目が覚めたら、雪がふっていて、
   先日父親が刈り取った花は早くも雪化粧を施していました。
   徐々に変わってゆく景色に心踊らせていた少年でしたが、
   急に危機感を覚え、倉庫からバケツを持ち出します。
   『バシュが枯れてしまう』
   もうすでに枯れかけているバシュに対して、
   この雪は十分に追い打ちになり得えるのです。
   少年はバシュの頭にバケツを被せました。
   バシュに雪が当たらないようにする為です。
   『おまえがこんな事をしてれるのは嬉しいが、
    ありがた迷惑でしかない。
    こんな世界になら生まれて来るんじゃなかった。
    早く死ねるなら本望だ』   
   それを聞いて、少年は悲しくなりました。
   けれど、反論する言葉が見当たりません。
   少年も父親から邪魔者のように扱われて、
   時々消えてしまいたいと思う事があるからです。

   
 朗読を終えた里沙はポツリと呟く。

里沙 ……ごめんね、合同レクリエーション来週なのに、めちゃくちゃになっちゃった。

 里沙はノートを持って舞台をはける。

 入れ違いで舞台中央に北村が立つ。
 北村は客席に向かって話す。

北村 えー、本日は、神奈川県指定アノミー病リハビリ施設合同レクリエーションにお越しいただきありがとうございます。私、本日司会を務めさせて頂きます、たんぽぽ園補助職員の北村響です。何を隠そう、私もアノミー病なのですが、縁あってこのたんぽぽ園に補助職員として採用して頂きました。以前、別のアノミー病リハビリ施設で職員をしていたのですが、私もアノミー病になってしまったのです。これから発表をしてもらうのは、そんな私が以前勤めていた沈丁花荘の青年クラスAの皆さんです。どうぞ!

 舞台に里沙、辰也、菫が入場する。
 北村、里沙、辰也、菫が横並びになる。
 菫は北村に近づく。

菫  響先生、これ。

 菫は北村に何かを渡す。

北村 おう。なんだこれは?水風船?でも入ってるのは水じゃない。なんだこれ?

 菫は北村から離れ、
 菫と北村が里沙と辰也を挟むような形で横並びになる。
 菫は叫ぶ。

菫  響先生!それを地面に叩きつけて!
北村 え?

 菫は手に持っていた水風船を地面叩きつける。
 続けて北村も叩きつける。
 北村は客席に向かって話す。

北村 次の瞬間、叩きつけたものから白い粉が飛び散った!飛び散った白い粉はまるで煙幕のように周囲を白濁させる!
菫  辰也くん!行って!

 辰也は里沙の手をとり、舞台をはける。

北村 うおい!里沙!辰也!どこに行くんだ!

 菫を北村と同じように客席に向かって話す。

菫  煙幕でパニックになっている施設内を二人は颯爽と駆け抜けていく!
北村 いったいぜんたい何が起こっていると言うんだ!?俺にはわからなーい!

 急に冷静になる二人。

菫  はい。
北村 はい。

 二人はその場に座り込む。

北村 いやー。しかし、大胆なことやるなあ。
菫  えへへ。まあね。
北村 しかし、いったいどういう事情があってこんなことを?
菫  実は、かくかくしかじかで。
北村 なるほどなあ。辰也と里沙がねえ。まあ、俺はなんとなく察してたけどな。
菫  響先生なら絶対そう言うと思ったよ。
北村 でも、菫、おまえはそれでいいのか?
菫  え?
北村 せっかく書いた話を公開する機会だったのに。
菫  いいの。そのかわり、綺麗なものいっぱい見さしてもらったから。……もちろん綺麗なものだけじゃないけど。せっかく巡り合わせたこの縁を悲しい幕切れにしたくなかったんだ。
北村 そうか……。なあ、菫、最近、どうだ?
菫  どうって?
北村 なんだろうな……ちゃんと生活できてるか、とか、嫌なことが続いてナーバスになってないか、とか。
菫  少なくとも、昔みたいに悲観的になったりはしてないよ。辰也くんと里沙ちゃん……あと響先生のおかげで。
北村 これから俺たちどうなるんだろうな。
菫  うーん。わかんない。もしかしたら、しばらくは会えないかもね。
北村 だな。なにせ、前代未聞の事態だ。見てみろよ、職員たちが大慌てだ。
菫  なんだか一矢報いたみたいで気分がいいな。……あとは辰也くんたちが気がかりだよ。
北村 大丈夫さ。辰也ならうまくやってくれる。俺が保証するよ。
菫  そうだね。わたし達ができるのは信じることだけだ……。

 舞台暗転。
 菫と北村ははける。
 入れ違いで里沙と辰也が走りながら入ってくる。

里沙 離して……離してよ!

 里沙は辰也の手を振り払う。

里沙 痛いなあ。握力強すぎ。
辰也 ごめん。
里沙 どうしてこんなことを?
辰也 謝りたかったんだ。でも、口だけじゃあ足りないと思って。ほら、この前、里沙、星空が見たいって言ってたろ?だから見せてあげようと思ったんだけど……

 辰也は周囲を見渡す。

里沙 あいにくのお天気で。
辰也 ……そう、何も見えないや。

 里沙は大きくため息をつく。

里沙 辰也、おいで。

 辰也は遠慮がちに里沙の元に近づく。
 しびれを切らした里沙の方から辰也に近づく。
 二人はその場に腰をつける。

辰也 菫ちゃんから聞いたよ。来年から別の施設に行くんだって?
里沙 うん。
辰也 ごめん、オレ、何も知らないで……
里沙 いいよ、もう。想像力が足りなかったんだよ。お互い。

 二人の間に沈黙が訪れる。

辰也 ……でさ。
里沙 うん。
辰也 あの時の、その、答えなんだど……
里沙 うん。
辰也 聞いて、なかったなー……なんて。
里沙 答えって?
辰也 その……オレのこと、どう思ってるのかなー……って。

 里沙はため息をつく。

里沙 好きだったよ。
辰也 マッ!?……だった?
里沙 そう。だった。だいたいね、駄目でしょこんなことしちゃ。
辰也 なんか真っ当に怒られた。
里沙 他の患者にも迷惑だし、後でどんなに文句を言われるか……。
辰也 ……ごめん。
里沙 でも、嬉しい。ありがと。

 辰也は驚いて里沙を二度見する。
 里沙は見向きもしない。

里沙 久しぶりに外の空気をまともに吸ったなあ。
辰也 たしかに。オレなんか何年ぶりだろうな、こんなふうに外に出るの。
里沙 そうだ。ねえ、『隅に咲く花』読むから聞いてくれない?
辰也 え?なんで?
里沙 この前、文句言われたのが気に食わなくてさ。聞いてよ。
辰也 わかった。いいよ。読んでみて。
里沙 翌朝、雪が降り止み、溶けた雪が水となって、
   館の屋根から降り注ぎます。 少年はバシュが心配になり、
   朝一番に館を飛び出しました。
   少年はバシュに被せていたバケツを外しました。
   次の瞬間、少年の目に信じがたい物が映ったのです。
   バシュが咲いています。まだら模様の醜い花びらを開かせながら、
   けれど、確かにバシュが咲いているのです。
   『ほんの一瞬だが、生きていて良かったと思えた。  
    最後にこの景色が見れたのだから』
    バシュの視線の先には地平線の上に
   オレンジ色の朝日がギラギラと輝いています。
       冬場と言う事もあり、空気が非常に綺麗です。
   『お前のお陰でこれを見る事ができた。ありがとう』
   それ以降、バシュは喋る事はありませんでした。
   バシュは立っています。茎はシナシナになってしまい、
   とても無様で醜い姿です。 
   しかし、少年の目にはそんなバシュの姿が
   とても美しく映っているのでした。  
 

 朗読を終えた里沙は辰也の方を向く。

里沙 ……どうかな。
辰也 うーん。及第点かな。
里沙 腹立つ。やっぱり、わかんないな、こいつ。でも、分かり合えないから、分かち合えるんだよねえ。あーあ。このまま時間が止まっちゃえばいいのになあ。これから起こる面倒なこと、全部回避したい。せめて星でも見えりゃあ、いいんだけどねえ……あっ!(立ち上がる)星が見えた!……あ、飛行機だった。……なんだよもう、紛らわしいなあ。ねえ、辰也。……寝てるし。

 里沙が困ったように笑う。
 寝ている辰也の隣に座る里沙。
 しばしの間の後、舞台暗転。
  了

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