見出し画像

シャトレーゼの樽出し生ワイン

「シャトレーゼの樽出し生ワインがべらぼうに美味い」

 先日デッドバイデイライトを遊んでいた時に友人がそんな感じのことを言っていた。デッドバイデイライトは待ち時間がヒマなので人を饒舌にさせるのだ。

 シャトレーゼ、田舎でもよく見かける洋菓子チェーン店だ。言われてみればなんかワインも扱っていたような記憶がある。おそらくは甘いものをパクパク食べてワインでベロベロになって幸せになれということだろう。

 甘いものをパクパク食べてワインでベロベロになったらたしかにさぞ幸せだろうな。魅力的だ。そういうわけで最寄りのシャトレーゼに行ってみた。


 コンビニ程度の広さの店内には所狭しと洋菓子が並んでいる。しかし今回の真の目的はお前らではない。ワインだ。ワインを出せ。まあせっかくだから洋菓子も数個買っていくけどな。あくまでもワインだ。

 目的のワインはすぐに見つかった。店内の一角にドンキーコングのような樽が二つ並んでいる。赤ワインと白ワインだ。そう書いてある。「樽出し生ワイン」という商品名の通り、この場で樽から瓶に詰めてくれるらしい。

 これを購入するにはレジで店員に「樽出し生ワインをください」と言わなければならない。店員には「さてはこいつ、甘いものをパクパク食べてワインでベロベロになろうとしているな」と思われるだろうが、実際そうなのだから仕方がない。「甘いものをパクパク食べてワインでベロベロになろうとしているんですけど?」と開き直って頼むしかない。

 この時「瓶もください」と言う必要がある。瓶を買わなければ、樽から出たワインを両手に受けて持って帰るしかなくなってしまう。なんとしてもそれは避けたい。だが瓶を一度買ってしまえばこっちのもんで、次からもその瓶に入れてもらうことができる。手に直接ワインを注がれる恐怖から解放される。素晴らしい発明だ。

 そういうわけなので、俺は洋菓子を数個カゴに放り込んでレジに行き「樽出し生ワインの赤をください。瓶もください」そう言った。完璧なはずだ。

 店員は快く応じて、俺に樽の前で待つように言った。

 樽の前で待っていると、緑色の瓶を持った店員が現れた。さては瓶にワインを入れるのだろう。俺の見立て通り、店員は樽の上から生えたノズルから瓶にワインを入れ始めた。見事だ。おそらく瓶にワインを注ぐ厳しい研修を乗り越えた者だろう。研修ではワインに溺れたり、最悪骨折もしたかもしれない。しかしそれでもへこたれずに研修を乗り越えた者が、こうしてシャトレーゼでワインを注げるに違いない。

 そんなことを考えながら見守っていると、店員は瓶の半分ほどワインを注いだところで手を止めた。俺はワイン注ぎに関しては素人だし、骨折もしたことがないが、それでも「もうちょっと瓶にはワインが入るのではないか」と思った。「ケチじゃない?」とも思った。思っただけでもちろん口にはしなかった。

 店員は「取り替えるので少しお待ちください」と言って奥に引っ込んでいった。何を取り替えるのだ。瓶だろうか。注いでいる最中に瓶の何かが気に入らなくなったのだろうか。素人目には緑色で素敵な瓶に見えるが、プロの目には瓶失格の駄瓶に見えたのかもしれない。

 店員は金属の樽を持って帰ってきた。まさか瓶の代わりにこの樽にワインを入れてくれるのではないかと思ったが、そうではなかった。店員は元々ワインが入っていたドンキーコングみたいな樽の蓋を開け始めた。

 ドンキーコングみたいな樽の中には店員が持ってきたのと同じような金属の樽が収まっている。なるほど、DK樽の中の金属樽にワインが入っており、その中のワインが切れたというわけか。そしてその金属樽を交換しようというわけだな。

 外側のDK樽は見た目を良くするためのものだというわけだ。たしかに金属の樽から出たワインよりもドンキーコングみたいな樽から出るワインの方が美味そうに見えるのが人の心だ。そういうことならば、待とう。俺にも人の心があるから。

 この交換作業が異様にもたついていた。おそらくワインを注ぐ研修は受けたが、樽を交換する研修は受けていなかったのだろう。作業にえらく苦戦している。頑張れ。頼んだぞ。そう思いながら作業を見つめるしかなかった。

 作業を待っている間にそういう時間になったのか、さっきまで客の少なかった店内が急に混み始めた。ジジイ、ババア、親子連れなどが店内を所狭しと闊歩している。「密」という文字が頭をよぎった。

 3~5歳程度の子供がお菓子だらけの店内にテンションが上がったらしく、大声で叫びながら足元を猛ダッシュで駆け回っている。子供はソーシャルディスタンスなどお構いなしなのだ。

 早く出たい。もう半分しか入ってないワインを受け取って帰ろうかとも思ったが、そんなことをするとおそらくこの店員が後で怒られるのだろう。そして家に帰って「あのクソメガネが大人しくワインを待っていたら私が怒られることもなかったのに、殺す、殺してやる」と思われるかもしれない。それは怖い。

 長い長い交換作業が終わった。ようやくドンキーコングのような樽の中に、たっぷりワインが入った新しい金属の樽が収まった。さすがシャトレーゼの店員だ。樽にワインが入ってさえいれば瓶に注ぐのは手慣れたもので、見事な手際でワインを瓶に注ぎ終わった。

「お待たせいたしました」店員は俺に瓶を差し出した。仕事をやり終えた職人の、満足げな声だ。「ありがとうございます」俺は礼を言って、知らん子供が足元を爆走しているシャトレーゼを後にした。

画像1

 そして今、甘いものをパクパク食べながらワインを飲みつつこの文を書いている。確かに美味い。気がする。

 ワインの良し悪しなんて正直わからないが、とても飲みやすい気がする。それほど甘くもないので洋菓子にも合う。なるほど。

切実にお金が欲しいのでよかったらサポートお願いします。