なぜ大企業との契約は面倒なのか

#グダグダと書いていますが、あくまで個人的な経験に基づく解釈であり、何かを代表したような意見ではありませんのでご留意ください。
#このnoteは法務系 Advent Calendar 2020 17日目用に書いたものです。足立昌聰さんからバトンをつないで頂きました。足立さん焼肉いこうね!
# 最初は経営アニメ法友会 知財支部として、ホロライブの素晴らしさとホロライブから学ぶ法務関連リスクを語るnoteを書いていたのですが、よく考えたらVtuberってアニメじゃないな?と気づいて方向転換しました(べ、べつに前日までの流れにビビったわけじゃないんだからねっ!)
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はじめに

 最近、大企業がスタートアップの知的財産や技術を搾取しているという話が話題ですね。そんな流れもあって、経産省と特許庁は2020年6月に「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0」(以下「モデル契約書」)を公開しました。

 中小企業庁の知的財産取引検討会もこのモデル契約書に触発されたのかはわかりませんが、ガイドラインを策定するぞ!!と意気込んでおり、恐らく来年度には経産省から、大企業と中小企業の取引におけるガイドラインやひな型契約書が発表されるのではないでしょうか。

 こういう話のとき、たいてい大企業は悪者です。
 まぁそりゃそうですよね。一般的に儲けているのは大企業側ですし、大企業を叩いた方がPV数が稼げるのでマスコミは率先して大企業を叩くわけです。これが統計的にまたは倫理的に正しいかどうかは別議論なので今回はしません。ここらへんの論考については下記記事が面白いなと思ったので紹介だけしておきます。 

 じゃぁ何について書くの?というと、こういう搾取というものが起こるとき、必ず何かしらの契約が存在するのですが、『何でそんな搾取と叩かれてしまうような契約を大企業側が結んでしまうのか?』というところに焦点を絞って、個人的な経験を踏まえてお話ししようと思います。
 不思議に思ったことはありませんか?
 いくら儲かるといってもレピュテーションリスク(評判を落とすリスク)を背負ってまで大企業が率先してそのような契約を結ぼうとしていると思いますか?
 なぜそんな契約が生じてしまうのか、ここらへんの感覚をお話ししようと思います。なお、繰り返しで恐縮ですが”個人的な感覚”に基づいたお話しであることにご留意お願いしますネ!

 現職の経験というより、前職、前々職、さらに個人で受けている相談などの総合的な経験をふまえてN=20くらいに基づいた感覚的な話なので、「違うよ!」って方もいらっしゃると思いますが個人感想としてお許しいただけると幸いです。それも特許専門の人の感想です。ちなみに今の会社はかなり気を付けている方だと思います。
 また、大企業やスタートアップの定義を少しフワッとさせています。大企業 = 中小企業基本法の第二条で定義された「中小企業」の反対解釈、と定義する方法もあるのですが、恐らく今回お話しするよう内容はもう少し企業規模が大きい、従業員が数千人規模の企業で起こりやすいものだと思います。この現象が起こる境界線がどこにあるのか私もわからないため、以下のようにフワッと定義します。なお、大企業⇔中小企業、とするより大企業⇔スタートアップとする方がわかりやすいので後者としています。
大企業 = グローバル展開しているような大きい企業
スタートアップ = 創業から数年程度のイケイケ企業

搾取と叩かれしまうような契約

 だいたい搾取と叩かれてしまうような契約は3パターンに分かれます。
①非常に片務的なNDAなど、スタートアップ側への負担が大きい契約
②知的財産権の帰属が大企業に限定される契約
③非常に秘密期間が短いNDAなど、スタートアップのノウハウを聞き出すことを目的とした契約
※番外として「NDAを結んでくれない」というものもあります。

 もちろん、状況によっては①~③のような契約でも妥当な場合もあります。とはいえ、もし大企業とスタートアップでこのような契約が結ばれるときはかなり注意を持って見る必要があります。
 中小企業庁の知的財産取引検討会の調査では、以下のような事例が報告されています。
 ・知的財産・ノウハウの保護に関する現状と課題
 ・スタートアップの取引慣行に関する実態調査中間報告(概要)

画像1

 スタートアップの取引慣行に関する実態調査中間報告(概要)によると、納得できない行為を受けた経験があるスタートアップ15%のうち、スタートアップの75%が他社(大企業等※1)との取引や契約において納得できない行為を受け入れた経験があるそうです。

 では、スタートアップに納得できない行為を受け入れさせた大企業の75%が「スタートアップを搾取してやるぜゲヘヘ」という思いを持っているということでしょうか?

 断言しますが、それは無いです。

 大企業になるほどコンプライアンスにうるさいですし、下請法や公正取引員会が出す指針などはチェックしているものです。また、大企業の社員というのは表面上は温厚なタイプが多く、「会社の利益のためなら何でもやってるぜ!」というタイプになると稀少です。つまり、大多数の社員は「問題にならないような契約をしたい」という思いが根本にあるはずなのです※2。
 もちろん、契約の中には問題があるものもありますし※3、いくつかの案件は本当に悪意を持って結ばれたものもあるでしょう。ただ、大多数はそうではないと思われます。

 では、なぜ上記のような状況が生まれてしまうのでしょうか?

"Why done it?"

 「問題にならないような契約にしたい」のに問題になってしまう。
こういうとき、”How done it?”や"Who done it?"が問題になりがちですが、「"Why done it?"、そこに謎を解く鍵がある」だと、ロード・エルメロイⅡ世先生がいつも仰っています※4。
 すなわち、なぜこんな契約が生まれてしまうのか?です。

 上記に述べたように、担当者が悪意を持って、すなわち搾取を目的としてプロジェクトを進めるというのは大企業においてはコンプライアンス上、相当難しいです。なので、Whyは担当者依存ではなく、大企業のシステム(働き方)に依存して存在していると考えるのが筋かと思います。
 結論から申し上げると、私の感覚としては「大企業のシステムによって”問題”がすり替わってしまうことが問題」だと思います。
 つまり、「搾取だ!」と言われてしまう問題よりも優先されてしまう問題が大企業のシステムでは発生しがちなので、そちらの解決を優先してしまうような契約を結びかちになる…ということです。
 では、このWhyを生み出してしまう大企業のシステムや問題とは何でしょうか。私は以下の要因の複合的な結果だと感じています。

問題がすり替わる大企業の要因

 ①担当者と決定者の認識の齟齬
 ②効率化主義&リスク検討主義
 ③大企業はでかすぎる

 ①の担当者と決定者の認識の齟齬ですが、大企業は往々にして担当者と決定者(承認者)が別です。なので担当者は「スタートアップと共同PoCやるぞ」という感覚でも、決定者が「いやこれウチからお金出すんだから発注だよね?それならそこで生まれる知財もウチのものだよね?」と、感覚の齟齬が発生したりします。つまり、担当者が当事者感覚、決定者がお客様感覚になっているパターンです。また、決定者がツヨツヨ感覚なときも上記が発生したりします。つまり、将来事業をやるときに今回お金を払う側の大企業に決定権がないというのはありえない、という考え方です。
 これは担当者のプレゼン不足も要因なのですが、共同PoCというのは単に大企業の興味でやるのではなく、双方の利益になるとして始めるものであって、さらに言えば将来的に一緒に事業をやることも想定して始めるものです。スタートアップとしては「下請けではなく共同PoCだから安くしたし技術も提供した」つもりなのに、「知財は全て大企業のものね」とされると『納得いかない』という感情が生まれて当然かと思います。
 ただ、大企業では決定者が決定しなければ何も進まないので、決定者にツッコまれると担当者としては契約を修正せざるを得ないことになります。ここで最初から上手く落としどころ(※5)を決めて提案できると良いのですが、「まずは上司の言う通りの契約案を提示するか…」と投げてしまうことがあります。これがそのまま通ってしまったりすると、後々に『そんなつもりじゃなかった』が発生し、『搾取だ!』に繋がります
 さらに決定者が複数になってくると、契約締結までのハードルが異常に高くなります。決定者が複数になると、出戻りなどがあると契約締結に何カ月もかかってしまうのです。なので最悪なパターンだと、スタートアップのスピード感だと話しかけられた段階から実現に向けて動き出すので、大企業の担当者と一緒に「とりあえず始めちゃおう」となった後に上の方でひっくり返って…あとはお察しです。

 ②効率化主義&リスク検討主義は、「ひな型主義」と言い換えても良いかもしれません。大企業は案件数が多いので「契約書のひな型」を用意していることが多いです。要するに「このひな型で契約するなら、金額安いなら面倒な法務相談とかは飛ばしてもいいよ」として(見た目上の)効率化を図るものです。これが相手のひな型を使うとか、ひな型をカスタマイズするとかになると、リスクを一つ一つ法務に確認しなければならず、法務に確認 ⇒ 決定者に確認 ⇒ 修正したらもう一度法務に確認 ⇒…、と一気に面倒が増えます。上記のような決定者が複数いると出戻りが発生したら最悪です。
 そのため、担当者としてはひな型で進めることのインセンティブが高いので「まずはひな型を提示」するのですが、これが共同PoCに合わないタイプであったときに悲劇が起こります。というか共同PoCに合うひな型は珍しいかもしれません。なぜならひな型契約書というのは「リスクが予め低減された契約書」なのですが、共同PoCというのは「お互いにリスクを負い合う」ものであるので、そもそも合わないことが発生しやすいのです※6
 しかしながら、担当者が効率を考えて契約実態を考えずにそのままひな型を通そうとしたりすると、後々に『搾取だ!』に繋がりやすくなります
 セキュリティ業界では、リスク観点でガチガチにユーザを縛るとユーザが抜け道を探ってしまい、よりリスクが高くなる…という話がありますが、それに近いです。

 最後に③ですが、大企業はでかすぎるのです。特にグローバル展開している企業は「グループ企業の動きを全て把握することは相当難しい」です。
 そのため、『NDAの影響が大きすぎるので契約したくない(せめて契約期間を短くしたい)』『別でたまたま同じようなことを検討しているグループが発表した』『情報統制が上手くとれなかった』…などなどが起こったりします、いやほんとに。なにせ、世の中には社内ですら似たコンセプトのモノをほぼ同時期に2つ別々に開発する企業があったりするのですから…どことは言わんけど…。
 また、企業の大きさに関わらず、NDAは下手に結ばない方が良いという考え方もあります。難しいところはあるのですが、NDAを結ぶリスクというのは企業体が大きくなるほど高くなるのです。私はこれをレバレッジ効果と勝手に呼んでいますが、同じ条文でも企業の大きさによってリスクが大きく変わるのです※7。
 さらに、情報統制も関わる人が増えるほど確率的に難しくなっていきます。搾取の例でありがちなのが「こちらが出した情報なのに勝手に特許に出された」というパターンですが、これは情報統制がとれていないと発生しがちです。大企業になるほど法務担当と特許担当が別になるので、法務に詳しくない開発者が秘密情報とは思わず、かつ特許担当が契約の存在に気づけない…というパターンがあるのです。これはきちんと情報区分を決めて管理できていればいいのですが、関わる人間が多くなり時間が経ってくると、この情報区分の運用がボヤける瞬間が発生するのです。また、スタートアップ側もスタートアップ側で、出すべきではない情報を出してしまったり、秘密情報と書かずに出してNDA範囲外にしてしまったりしていることがあります。

 以上のような複数要因が絡み合み、レピュテーションリスクの考慮もせずに大企業に絶対有利な契約を結ぼうとするインセンティブやインシデントが発生する…というのが私の考えです。

まぁ他にも担当者の要件定義が甘いとか、担当者がサラリーマンに慣れすぎて工数計算というものを甘く見すぎているとか、大企業とスタートアップで目指しているゴールが違うとかいう問題も大きいです。ただここらへん書き始めるとものすごい量になるのでそこは割愛。

で、対策は?

 延々と大企業の言い訳というか悪口みたいなことを書いてきましたが、悪意があろうがなかろうが、大切なのは結果です。搾取された(と感じる)側にとっては悪意の有無なんて知ったことではありません。今回は”Why done it?”を書きたかったので対策については簡単にしか述べませんが、大切なのはやはりお互いに契約目的と契約リスク、そして情報管理を握っておくことではないでしょうか。当たり前といえば当たり前ですが、当たり前が崩れると搾取に繋がるというのは先に述べさせて頂いた通りです。あ、工数と担当範囲もきちんと握っておいた方が良いよ

 特にスタートアップにとっては契約前のタームシートの段階で弁護士に入ってもらい、「このタームシートで上司のOKとってきてね」というのが大企業に対して一番有効なんじゃないかなと思います。実契約になると細かい文言などで時間がかかることはありますが、よほどおかしな契約でない限り、基本的に法務担当が契約を反故にすることはしません。また、偉い人はたいてい仕事に追われているので細かい文言よりタームシートを重視します※8。なので、タームシートの段階で担当者の上司のOKをもらっていれば、いきなり約束が反故になったりすることは無いと思います、たぶん(…途中で買収などアクシデントがあれば別ですが…)。
 このとき、タームシートで合意したことをきちんとメールで残しておくのがオススメです。個人的にはSlackよりメールで送っておく方が「お互いに証拠残ってるぞ」と主張しやすい気がしますが、ここらへんは人の好みかな?

 また、大企業側も大企業側で(私の観測している限りだと)搾取とよばれるようなことが起きないように努めています。恐らく来年度には経産省から新たなガイドラインが発表されると思いますので、それに合わせて議論がより深まっていくのではないでしょうか。
 ただ、決定者が多い問題やレバレッジ効果により慎重になりがちになるのはどうしようもないです。また、大企業とスタートアップは資金力に差があっても法人同士ではあるので、脅しのような形ではない限り、対等な立場として契約交渉が行われるのが好ましいと私は思います。

 契約をどうしていくべきかというのは知財戦略の一種です。事業戦略に結びついていく重要な部分ですので、大企業側もスタートアップ側もただ国の指針ばかり見るのではなく、世界を変えるぞ!という強い目的を持って、弁護士等の力を借りつつガッツリと議論し、お互いに力を付けていくのが望ましいと考えています。…大企業側がやらかしたときはごめんなさい…※9。 

まとめ

長々と書いてきましたが、言いたいことは1つです。
「ホロライブ最高」
「契約はWhyをちゃんと考えて、タームシート作る段階で弁護士に相談しようね!」

…ん?今2つあった?まぁいいや!
明日は菱田 昌義さんです!お楽しみに!

注釈

【※1】大企業”等”であるため、必ずしも大企業とは限りませんが、スタートアップと組もうとするのは基本的に大企業だと思いますので、大企業を前提として話を進めています。
【※2】これはJapan Traditional Companyに限る話で、外資企業はマジで別なのでそこはご留意ください。AmazonやFacebookの事例を見るとわかると思いますが、外資には法律と契約に直接触れなければOK的な精神があります。

【※3】過去にプライベートで相談を受けた案件の中には「NDAの締結目的が具体的に定められていない&NDA期間が短い」という案件を見たことがあり、契約の経緯などを聞いていると何か悪意のようなものを感じたことがあります(会社名は伏せられていましたが弁護士を入れた方が良いとアドバイスしました)。契約含め他社と絡むときは事前に弁護士と話すことをオススメします。
【※4】Fateシリーズに登場するロード・エルメロイ二世のセリフです。アニメネタを少しでも入れたかったのです。
【※5】例えば単独出願できる技術範囲の決定や権利の買い取り、実施権の設定など、落としどころのストックは重要です。

【※6】ひな型契約書の運用が悪いわけではありません。中身が重要なのです。企業によってはひな型が何種類もあったりするので選び方も重要かもしれません。ひな型契約書が「搾取と言われてしまうこともリスク」と考えて作られている、すなわちお互いにフェアトレードをしようという意識のひな型だと安心なのですが…その点、現職はなかなか良くできてるなぁと感心していたりします。
【※7】「プログラムにウイルスが入っていてそれで損害受けたら損害賠償な!」という項目があった場合に、キャップ(賠償額の限度)を下手につけてしまうと『×××万円払えば、プログラムにウイルス仕込んでもセーフ』みたいな契約書が出来上がってしまったりするのです。大企業の場合、全部のPCにウイルスがバラまかれたりすると、対処にものすごい金額がかかってきます。
 なお実際は、日本の判例だと損害賠償額はキャップ設定がなくとも無制限になることはまず無いようです。
【※8】偉い人は基本的に優秀な方が多いので、上手く時間を作って契約書をチェックされる方もいらっしゃいます。…いやマジであの仕事量でどうやって時間作ってんだろうね…。
【※9】今回はかなり限定的な話にしました。世の中には本当に色々な契約状況があって、大企業もスタートアップも色々あるので、全ての大企業がこうなっているわけではないです。また、今回挙げた要因の他にも色々な要因があります。議論に時間をかけて手を進めないのは良くありませんが、手を進めるあまり議論に時間をかけないというのは未来構想を共有できていないのと近いと思いますので、バランスよく状況を見ながら議論できたらな、と思っています。

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