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社会人になる前に思っていた「働く」に対して、今のわたしが思うこと

突如始まったキャリアブレイク。なんだかんだで、もう9ヶ月が経過しようとしている。キャリアブレイクを継続していくことには変わりはありません。
だけど、4月以降状況がちょっと変わるので、「社会人になる前、働くことに対してどう思っていたのか」と深掘りをしてみようと思いました。
そして「社会人になる前に思っていた働く」が、今のわたしにとってどんなものか、どう思っているのかを見つめていきます。

働いてみたいと思っていた

大学生の頃にアルバイトはしたことはあった。飲食店やイベントスタッフとしてのアルバイトだったから、いわゆるオフィスワークのイメージを持っていなかった。だからこそ、オフィスワークに対する興味があった。
わたし自身の性質として、好奇心が強いところがある。興味を持ったらすぐにやってみたい!となったり。だけど、行動になかなか移せるタイプではないので、「気になる!!」で終わることは多いけれど。その性質が発揮されていたのだと思う。

でも、実際に働いてみて感じるのが働きたい!という気持ちが強いわけではないなと。もしかしたら今までの働き方が悪影響を与えているのかもしれない。
1社目ではIT企業でプログラマとして、2社目では業界も変えて営業として働いた。
特に1社目では、自分自身をかなり削って無理しながら働いていた。今振り返ると、結構危険な状態だったなと思うほど。当時は、完全に麻痺していたけど、麻痺している中でもしんどさを感じていた。

無理して働く変なくせがついてしまった後の2社目。もうプログラマをしたくない。チームプレーだと本来の責任範囲を超えて必要以上に働いてしまうかもしれないと思って、ガラッと職種や働き方を変えた。個人プレーだと、ほかの人の仕事を代わりにやることもないだろうと思って。でも結局は、どこか自分を削りながら働いていた。わたしの感じるしんどさはそこだけではなかった。2社目は社内の雰囲気が苦手だったし、アポ取りのための残業は絶対にしたくなかった。だから極力社内にいないようにアポを頑張って取っていた(1社目の雰囲気も苦手だったんだけどね。また違った苦手さだった)。

今現在は働くこと、転職活動に対するエンジンがかからず、キャリアブレイクをしている。きっとわたしにとって必要なのは、

  1. わたしにとっての「働く(+人生)」を言語化の精度をあげた上での仕事選び

  2. 仕事をする上でのスタンス=自分を削らずに働く

  3. そのためにはどうしたらいいかを見つけていく

なんだと思う。だからこそ、今は少しおやすみをしている。本当だったら働きながら見つけられていけばいいのかもしれない。今の状況も状況で、それができなかっただけなんだけど。

結婚するつもりないなら、定年まで働かないとね
仮に結婚したとしても、
離婚する可能性があるからいつでも働けるようにしたいよね

人と一緒に暮らすのがむり!!と思っていたし、今でもそう思っている。パートナーや経済状況にもよるけど、結婚したら専業主婦になる可能性もある。でも、結婚しない以上は、自分で稼いでいかないといけない。だったら定年まで働けるような環境や職種に就かないと!と思っていた。バリバリと働きたかった。

観劇が好きだったり、習いごとをやりたいと思っている。そんなわたしは他者から見たらプライベート優先型に見えるのだと思う。前回の転職活動時に自己分析を行った時に、プライベートを大事にしたいけど仕事も捨てきれないと思った。

1日全てを充実させたい。毎日8時間は働くのであれば、嫌だと感じる仕事はしたくない、せめて悪くないと思いたい。それは確かに思っている。でもこれは、バリバリ働くイメージではないように感じた。

きっと本当のところは、収入が得られないリスクを回避したい思いが強く表れていたのだと思う。ただその根底にある気持ちが忘れられてしまって、バリバリ働くことを理想と考えていたのかもしれない。

ひとつのことを追求するよりも色々やってみたいよね
「社会人=仕事」しかないと思ってて、
ほかに何もできないなら仕事でいろいろ経験・体験できたらいいよね

子どもの頃、5つの習いごとをしている時期があった。その影響があるのか、ひとつのことを追求していくよりも、いろいろなことをやってみたい。いろいろなことができる人になりたい!と思っていた。

今もこれは思っている。専門的にどんどん突き詰めていくよりも、ゆるっといろいろできる人、いろいろなことがわかっている人になりたい。

より正しく言うと、物事を多角的に見られる人になりたい。この言葉を用いると、専門的なことをやる人でもいいのかもしれないと思ったりもする。専門的なことをやる人≠物事を多角的に見られないという訳ではないと思うから。物事を多角的に見られるかどうかは、きっと働き方のスタンスや向き合い方のようにも感じるから。このあたりは、社会人経験がまだ数年のわたしにわかることではない気もするけど。

なぜ「仕事」でいろいろなことをやってみたいと思っているのか。
これは「社会人=仕事」しかないと思っていたからなんだと思う。ほかに何かの活動とかをするのはできない。むしろ、ほかに活動に参加するなんてことすら頭になかった。仕事一色の日々を送ると思っていたからこそ、仕事のなかでいろいろなことができたらいいなと思っていた。そうでないと飽き性のわたしは、飽きてしまうと感じていたんだと思う。

ただ実際はどうなんだろう?と思う。社会人でもいろいろな活動をしている人もいる。だからこそ、あえて「仕事」でいろいろやれることを重要視しなくてもいいんじゃないかな?と思う。いろいろやれる環境であるのであれば、やればいいし。逆に言うと、いろいろやれる環境にいくと、負わなくていいものまで勝手に負ってしまうかもしれない。

一旦まとめてみることにする
また深掘りする日はくるかもしれないけれど

  1. おそらく、わたしはリスク回避の手段として「仕事」を捉えていたように感じる。仕事をバリバリすることで、人生安泰って考えていたのかなと。仕事をバリバリしなくても、わたしにとっての安泰はきっとあるよー。

  2. 人生は仕事だけじゃない。なら仕事で敢えて色々やらなくてもいいんじゃないかなと今のわたしは思うよー。

  3. 最近、いろんな大人たちと出逢う機会が多いからわかっていると思うけど、「社会人=働く」だけじゃないよー。

  4. はたらくを楽しいと思ってみたいなー(ここであえて働くをひらがなにしてみる)。

いまいちよくわからない終わり方になったけど、わたしが満足したからおわり🙌✨

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