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東京都心の爆弾テロ、43年後の真実②

1974年8月30日に東京丸の内で起きた三菱重工ビル爆破事件。謎の組織「東アジア反日武装戦線・狼」が犯行声明を出した。「狼」とは何者なのか。若き公安デカ・古川原一彦がテロリストを追う。本稿は古川原自身が死の直前に、筆者に明かした真実の記録である。

公安警察官は目立たぬことこそが最も重要だ。だが、古川原一彦は警視庁に入庁する前から「有名人」だった。その名が世間に知れ渡ったのは、全国高校駅伝でのことだ。1964年1月4日の新聞には、こう書かれている。
<ひょろ長い体にくりくり坊主、真っ赤なハチマキをしめたその頭からほのぼのとユゲが立つ。その表情はいかにも全力を出し切ってたたかったわこうどの表情をそのままに美しい。レースを終わって勝利のアンカー古川原選手はゆっくりと喜びをかみしめながらぽつりぽつりとレースをかえりみて次のように語った。
「優勝はしたが、記録を更新できず残念です。風がきつかった上に道が悪くて穴で足をくじきはしないかと気が気でなかった。優勝はみんなのおかげです。しかし優勝はなんどしても気持ちがいい」>

古川原は当時、名門・中京商業の駅伝選手。アンカーでゴールテープを切って、全国優勝を成し遂げた超一流の選手だった。名だたる企業、大学からの誘いを断って古川原が選んだ就職先は警視庁だった。

警察署勤務を経て、念願の公安部へ異動。27歳の冬、古川原は警視庁内でも極秘にされていた帳場(捜査本部)で、東アジア反日武装戦線の正体を割り出す作業に投入されたのだった。
古川原の任務は、東アジア反日武装戦線のメンバーと思われる佐々木規夫の行方を探すことだった。古川原は所在不明だった佐々木が、東京都北区中十条に住民票移転届けを出していたことを、戸籍調査で割り出した。
古川原は初めて佐々木の姿を確認した時の印象をこう語った。
「佐々木は当時の過激派の若者とは違い、真面目なインテリサラリーマンという印象。彼らの教えの中に、『革命を起こすために、人民の海に入るには、善良な市民を装え』という教えがある。佐々木はまさにそれを実践していた」


公安警察の真骨頂は徹底した「視察」、つまり尾行と張り込みである。古川原は長髪のパーマ頭という当時流行のスタイルで、佐々木という同世代の若者を追い続けた。
行確(行動確認)を続けているうちに、佐々木は足立区梅島のアパートの1階に引っ越した。古川原は視察拠点の選定を命じられた。
絶好の場所にアパートがあったが、その部屋には大学生が住んでいた。いきなり家を訪ねて「警察だ。テロ事件の捜査をしているから部屋をよこせ」とはいえない。そこで古川原は大学生の基礎調査を開始した。
すると、この学生が家賃を滞納していることが判明。さらに、仕送りをしている実家の父親が酒好きだということがわかった。
そこで古川原は、ビールを1ケースを担いで、父親のもとを訪ねた。そして父親にこういった。
「息子さんの家の近くで事件が起きたんだ。息子さんに話を聞きてえんだけど、全然見つからないんだ」
父親は息子と連絡を取り、引き合わせてくれた。
古川原は西新井駅近くのラーメン店で大学生と二人で会った。酒を飲ませながら、こう脅した。
「お前、家賃滞納しているだろう。親父さんから仕送りしてもらってるのに、とんでもねえ野郎だ。金は俺が払ってやるから、あの部屋から引っ越せ。親父には内緒にしてやる」
古川原は大学生に別の部屋を借りてやり、転居させた。まんまと視察拠点を確保したのである。佐々木のアパートまでの距離、120メートル。古川原は窓に簾を下げ、その簾の目の高さの竹を2本だけ切断した。その隙間に双眼鏡を当てて佐々木の出入りを確認したのだ。

佐々木は毎朝8時半に自宅を出て、同じ電車に乗って、会社に向かう。生真面目なサラリーマンを演じていた。古川原たちの完璧な尾行に気づく様子はなく、仕事が終わると仲間たちと接触した。
古川原たちは、芋づる式に仲間の大道寺将司、あや子夫妻の存在を突き止め、東アジア反日武装戦線“狼”グループの全容を解明していく。彼らは会社員などを隠れ蓑にして、完全に地下に潜行したまま爆弾闘争を繰り広げる秘密テロ組織だったのだ。
粘り強い視察は5ヵ月間続いた。この間、末端の古川原に休みはなし。夜中も交替で見続けた。まさに駅伝がつちかった体力と精神力だった。

古川原には忘れられない思い出がある。逮捕前日、佐々木と風呂に入ることになったのだ。
「普通は銭湯の中まで尾行しなかったが、逮捕の前日なので風呂桶を持って佐々木を追っかけた。すると、銭湯にほかに客はいなくて、2人きりで湯につかることになった。しばらくすると佐々木は湯を出て、髭を剃り始めた。鏡にくっつくようにして剃っていたので、眼がかなり悪いんだな、と思った。俺は心の中で、『よく体を洗っておきなさい。シャバでの風呂はこれが最後だ』と言ったんだ」
歴史的事件の逮捕前日。捜査官とテロリスト、同世代の若者二人が同じ湯船に浸かるという奇妙な出来事があったのだ。(続く)