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オバマ大統領が書いた「絵本」〜『きみたちにおくるうた―むすめたちへの手紙』 ~ヒューマン・バラク・オバマ第15回

■人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を描く連載■

 バラク・オバマは大統領時代に絵本を一冊出版している。大統領となった翌年、2010年に出された『of THEE I SING - A Letter to My Daughters』だ。(日本語版『きみたちにおくるうた―むすめたちへの手紙』)

(注:以下、英語版を元に書いていますが、いわゆるネタバレとなります)

 2人の娘、当時12才だったマリアと9歳だったサーシャへの手紙の形式で、アメリカの13人の偉人を紹介している。分野・時代・人種・性別・信仰がそれぞれに異なる以下の人々だ。

・ジョージア・オキーフ(画家、白人)
・アルバート・アインシュタイン(物理学者、ドイツからの移民、白人)
・ジャッキー・ロビンソン(野球選手、黒人)
・シッティング・ブル(スー族の長、ネイティブアメリカン)
・ビリー・ホリデイ(ジャズ歌手、黒人)
・ヘレン・ケラー(社会福祉活動家、視覚聴覚障害者、白人)
・マヤ・リン(デザイナー・アーティスト、中国系二世)
・ジェーン・アダムス(社会事業家、白人)
・マーティン・ルーサー・キングJr.(牧師・公民権運動リーダー、黒人)
・ニール・アームストロング(宇宙飛行士、白人)
・シーザー・チャベス(農場労働運動家、メキシコ系二世)
・エイブラハム・リンカーン(第16代米国大統領、白人)
・ジョージ・ワシントン(初代米国大統領、白人)

 絵本は「君たちがどれほど素晴らしいか、お父さん最近言ったことあるかな?」と、父バラクから娘たちへの問いかけで始まる。

 以後、一人の人物につき見開き2ページずつを割いていく。ともすれば「偉人伝」から抜け落ちる黒人、ネイティブ・アメリカン、アジア系、ヒスパニックが含まれているのは意図的だろう。移民、移民の親を持つ二世、障害者も含まれている。オバマ大統領はアメリカ白人の母親、ケニア人である黒人の父親、インドネシア人の義父を持つ。自身はクリスチャンだが、父と義父はイスラム教徒だった。妹は白人とアジアのミックス。その夫はアジア系アメリカ人なのでオバマ大統領の姪っ子は外観は完全にアジア系。オバマ大統領はアメリカ中のどの子どもも親近感とプライドが持てるよう13人を注意深く選んだのだろう。

 13人の職業もバラエティに富んでいるが、憲法学者であるオバマ大統領がリンカーンを深く敬愛していることはよく知られており、ここは当人的に外せなかったのだろうと微笑ましく感じる。

 どのページも最初に必ず「君たちは勇気があると、お父さん言ったことあるかな?」「君たちがクリエイティヴだと、お父さん言ったことあるかな?」「君たちは親切だと、お父さん言ったことあるかな?」と、やはり父が娘たちの長所を語る。

 続いて、各偉人の成したことをわずか4~6行程度で簡潔に説明する。

 ここにオバマ大統領の文才が表れている。ちなみにオバマ大統領は過去に2冊の自伝をゴーストライターを使わずに書き、ベストセラーとしている。かつては多忙にもかかわらず、演説の原稿を自ら書いていた。ロースクール時代には大学院内新聞の編集長だった。大統領任期中は激務からの解放感を得るために読書をしたと言い、昨年、高校を卒業した長女マリアにはキンドルにたくさんの本を詰めて贈っている。バラク・オバマは本読みであり、かつ優れた文章書きなのである。

 たとえば、1947年に黒人初の大リーガーとなったジャッキー・ロビンソンは他の選手や観客から激しい人種差別を受けた。しかしオバマ大統領の文には「黒人」「白人」「人種」「差別」といった言葉は見当たらない。絵本画家ローレン・ロングによる、ホームランを打った瞬間であろうロビンソンの絵に「バットを優美さと強さで振る」「恐れを敬意に変える」と書き添えてある。

 最後のページにはアメリカは異なる人種,宗教、思想を持つ人々で出来ているとある。

 その後に手をつなぐ父と娘たちの姿がある。現代のアメリカに生きる娘たちはこうした過去の偉人たちと繋がっており、それが娘たちの未来に反映すること、そして父バラクが娘たちを心から愛していることが綴られている。

 つまりこの絵本は単なる偉人伝ではなく、幾つもの目的がある。アメリカを形作った偉大な人々を讃え、その精神を子どもたちに伝える。同時にアメリカの多様性を訴え、そして何より、娘たちへの父の深い愛情を表した一冊なのである。



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