見出し画像

櫻坂46が東京ドームで不協和音をやった。

以下、2022年11月9日のブログ再掲です。

3年前、当時の自分の全てだった平手友梨奈ちゃんが欅坂46から脱退した。後に1.23事件と呼ばれるようになるその日は、私の誕生日だった。友梨奈ちゃんに会うために、欅坂46に会うために、受験を頑張ろうとしていた時だった。欅共和国だけは行きたいと思っていた、けど、その半年が持たなかった。どうしようもなかったことなのに、東京ドームへ行かなかったことをひどく後悔した。学校へ行って一言も喋る気にならなかった。物理的に体の具合が悪くなった。支えてもらった、もはや自分の一部であるサイマジョと不協和音をいつか生で見るのが夢だったけど、友梨奈ちゃんの脱退から1年も経たずに、それさえ叶わないことが分かった。2つあった“けやきざか”は、この世から1つも無くなった。学校へ行くのが億劫で、そしてなんとも言えないふわふわとした変な気分になったことを今でもよく覚えている。私にとっては世界の終わりのような出来事で、何のために生きるのか、今日をどう生きるのかも分からなくなったそんな大変な日に、世界は昨日と変わらず普通に動いていることが不思議でたまらなかった。日常の音が騒音のように聞こえて、高校時代はほとんど記憶にないのに、欅坂46のいない世界を生きることになったあの日の音と景色が今でも鮮明に残っている。自分が生きている今この瞬間はつまり“欅坂46の存在しない世界”であるという感覚が、ぼんやりと、あった。昨日まで当たり前にあった、自分の一部が、今日この世界に存在しないことの理解が追いつかないまま、ただ確かに何か大きな喪失感には襲われて、ふわふわしていた。


改名から時間が経つにつれ、欅坂が好きだと口にすることが難しい雰囲気になっていった。欅坂が何にも代えられない大切なものであることは絶対に変わることのない事実だけれど“欅坂46を超えろ”というキャッチフレーズで立ち上がった櫻坂46を大切にしようとすればするほど、欅坂が好きだと口に出すことが出来なくなっていったこと、どちらも大切にしたいのに感情はそんなに簡単に制御できなかったこと、きっとみんな同じだと思う。欅坂に人生を救われた人間、櫻坂しか知らない人間、欅坂に一度も会えなかった人間、櫻坂に会えれば十分だと思っている人間、櫻坂のライブには、様々な想いや立場の人間がいる、簡単に分かり合えるわけなどないし、簡単に決着のつく問題でも、決着をつけるべき問題でもない。感情は思った通りには動いてくれない。


まだ本人たちも手探りのまま動き出した櫻坂に、欅坂を求めてしまったけれど、そんな私たちの姿勢が彼女たちを苦しめてしまっていることも分かるようになった。大好きな欅坂の血が通った、全く別の櫻坂46というグループで立ち向かわなければいけないと理解するようになった。だから、きちんと櫻坂46を応援しようと決めた。そして、欅坂時代の現場の思い出がひとつしかない私にとって、きちんとグッズを買ったりライブに行ったり、彼女たちとの思い出のほとんどが櫻坂で出来ていった。時々、今この瞬間に欅坂が無いという事実を不思議に思うこともあるし、たまらなく欅坂に会いたいと思うこともあった。けれど、櫻坂46も好きだと思えるようになっていった。


私が5年間坂オタをしてきて叶えることのできなかったいくつもの夢は、代わりに櫻坂が叶えてくれた。何かを得るためには何かを諦めなければいけない。櫻坂は、踏み外してはいけないレールは踏み外さない。だから、叶えられた夢もたくさんある。欅坂にしかできないことは確かにあったけれど、同様に欅坂では出来なかったことが櫻坂にならできるってことだって、たくさんあった。それが誇りだし、欅坂は5年しか持たなかったけれど、これから末永く愛されるグループであるためには、もう5年で終わらせるようなことがあってはならない。


そんな中、櫻坂46として2度目の全国ツアーが発表される。いつか、いつかと思っていた、千秋楽は、東京ドームだった。3年振り、in東京ドームの文字を見た瞬間、思わず叫んだ。欅坂だから立てたと思っていた場所に、櫻坂が立つのかと、感慨深さと期待感でいっぱいになった。そして、欅坂と櫻坂を守ってきたキャプテンの卒業も、そこで迎えることになった。ゆっかちゃんは、誰よりも“欅坂46”だったし、誰よりも“櫻坂46”だった。あの日、欅坂がギリギリ耐えていたのは、ゆっかちゃんが健気に頑張ってくれたから。あの日、櫻坂として始められたのは、ゆっかちゃんが同じ温度で寄り添い、優しさで包み込んでくれたから。これから先は、欅の血の流れないメンバーが加入する。つまり櫻坂46初東京ドーム公演は、櫻坂46第1章の終わり、そして、未練を抱えた欅坂46のまたもうひとつの大きな区切り。欅坂のライブとして最後に友梨奈ちゃんが立ったステージ。壊れる寸前だった欅坂が2年ぶりに不協和音を解禁したあの伝説の場所へ、3年振りに櫻坂46として立つ。画面越しに見てきた憧れの地。欅オタとして、行ったことも無いのに見慣れてしまったその場所に、平手推しでも欅オタでもない、櫻坂46藤吉夏鈴のタオルを持った自分が行く。全ての集大成だと思って行った。そこに平手友梨奈もいなければ、欅坂46を投影するわけでもない。櫻坂46へ精一杯向き合うことによって、昇華出来たらいいなと思っていた。


2022年11月8日 東京ドーム公演Day1

櫻坂46の旗が靡く。円盤で見たことのある景色。建物へ入り、場内へ上がる階段を上がろうとして、足がすくんだ。この階段を上った先にあの東京ドームの景色が広がっているのだと思ったらこわくて、初めて足が一瞬止まってしまった。一呼吸して進んだスタンド席から見えたのは、ひたすらにあの見慣れた東京ドームだった。友梨奈ちゃんが立っていた場所と重ねて想いをめぐらせていた。でも、開演と同時にそんな視点は消え去った。圧倒的な櫻坂の世界観に切り替わった。櫻坂のOvertureが流れて、足まで鳥肌が立つ。真っ暗な中ダンストラックから始まったツアー千秋楽は、私が5年間アイドルオタクをして見てきた数え切れないほどのライブ演出やパフォーマンスの中で、間違いなく過去一だった。1秒たりとも無駄がない。本編ラスト、摩擦係数のアウトロ終わり、爆発音と共に櫻坂が暗闇に消え、Thank you TOKYO と映し出され拍手で終わるあの感じは、あまりにもかっこよかった。演出、ダンスの揃い方、体の使い方、櫻坂楽曲への自信、どこをとっても最高レベルで、正直今まで欅坂を求めて来ていた櫻坂のライブで、今は欅坂の曲は邪魔だと思ったくらいだった。2年経ってみて初めて、櫻坂46がどんなグループなのか分かった気がしたし、紛れもなく櫻坂が好きだと思えた。


アンコールを手拍子で待つ。すると唐突に、3年前に聞いたことのある最も思い出深いあのメロディー、欅坂のOvertureが響いた、会場がざわめいた。東京ドームに、欅坂のOvertureが流れている。“ずっと忘れない”“欅坂46が大好き”かつてゆっかちゃんが紡いできた言葉がOvertureと共にスクリーンに映し出された。欅坂のOvertureが流れるなんて予想もしていなかった、不思議な気分だった。Overtureが終わり、欅坂の終わりの印象が強く残るイントロがなる。ステージには、大好きな欅坂の緑のハーネス衣装を着て踊る櫻坂がいた。


10月のプールに飛び込んだ。欅坂46幻の9枚目シングル。リリースが延期され、その楽曲が実は出す予定だった9枚目シングルだと私たちに知らされたのは、櫻坂46への改名が決定した後だった。つまり、私が見ているのは、有観客ライブでの初披露。周りも同じように、私と同じ気持ちでステージを見つめているの空気を感じた。2曲目はヒールの高さ。3曲目、青空が違う。青マリ最後の1人となったゆっかちゃんの優しくてかわいい歌声が響く、明日にはこの人が卒業してしまうということが、その姿を見れば見るほど想像できずに涙が溢れてきた。そして最後に、大切な曲です、とゆっかちゃんが前振りを入れて始まった4曲目、セカアイ。ステージに横一列に広がりセカアイを踊るその光景は、まさに3年前の東京ドームだった。でも3年前と違うのは、そこに新2期生がいたこと。加入してすぐに改名が決まり、欅曲を披露することがほとんどなく不完全燃焼で終わっていった新2期生が、キラキラした表情でハーネス衣装を着てセカアイを踊る姿に心を打たれた。欅坂の曲は、こんなにも清々しいものだったのかと思った。素敵だった。そして、ダブルアンコールがあった。最後の曲は、卒業配信シングル、その日まで。花道を駆けるゆっかちゃんのその姿が、あまりにもキラキラしていて、妖精のようで、人はこんなにも輝くのかと思った。センターステージで、穏やかな表情で噛み締めるように客席の景色を眺めるゆっかちゃんの姿が忘れられない。


2022年11月9日 東京ドーム公演Day2

同じセトリの本編は、1日目より短く感じた。

アンコール。この後披露されるであろう欅坂の楽曲が一体何なのか、怖くて予想することさえ避けてきた。アンコールを待つ手拍子が重かった。
来てほしいのに来てほしくない。昨日とは違って明らかに長く感じたその時間は、自分の中にある期待を絶対に見つめないように必死だったのだと後から振り返ると分かる。音が入る少し前、ス――ッという空気音、欅坂Overtureの始まりの合図、ここまでは昨日と同じ、本当に最後であろう欅坂のOvertureを噛みしめる。


Overtureが終わり、一瞬会場が暗闇に包まれる。少しの静寂の後、体にしみこまれているあのイントロが聞こえて、ピアノの一音目で反射的に確信して叫んだ、息が出来なくて、涙が止まらなくて、細胞レベルで聞き覚えのある音に反応する体と、状況を理解するのに時間がかかる頭がぐちゃぐちゃになって、幻を見ているのではないかと思った。もしそういうことが起こってもいいように身構えていたつもりだったけれど、それでも簡単に起こっていいはずのことではなくて、その曲が終わるまで、ずっと過呼吸のように、上手く息ができなくて、全身が震えて、上手く酸素の取り込めない体に手足がめちゃくちゃに痺れていた、気を抜いたら倒れてしまいそうだった。どうやって立っていたのか分からない、自分がどんな姿勢でその場面に立ち会っていたのか分からない、ただ、スクリーンにはあの青い衣装、見覚えのある東京ドームのステージ、見覚えのある振り、2019年と2022年が重なる、円盤で何度も見てきた映像と同じ、そこには欅坂が映っていて、でもステージに視線を移せばやはり現実とは思えず幻のようだった。とにかく震えと涙が止まらなくて、息を吸っても吸っても苦しかった、自分でもわかるくらい肩が小刻みに何度も震えた、泣きながら何度も嗚咽に近い声が漏れた、あの衣装を自分の目で見る日が来るとは思わなかった。殴るシーンの少し後、メンバーの高音の悲鳴が混ざり合ってドームに響くのを聞いた時、私は本当に不協和音を今目の前で見ているのだと思った。ペンライトを赤に変えて、握りしめて振るので精一杯、ただ、真っ赤なペンライトの海の中、青い衣装で確かに不協和音をパフォーマンスしているその図を目に焼き付け理解しようと必死だった、夢を見ているかのような感覚だった、今もまだ夢なのかもしれないと思う。正直ほとんど記憶にない、思い出そうとすると断片的で、何度救いを求めたか分からないあの歌詞もあの振り付けも、その時どうなっていたのか、誰がどんな表情だったのかほとんど分からない、分からないまま、人生で一番の衝撃と感動に襲われていた。


保乃の“僕は嫌だ”という叫びを聞いて、より2019年に引き戻された。そして、ゆっかちゃんの二度目の“僕は嫌だ”という叫びは、欅坂が改名するとき、3年前の東京ドーム公演を振り返りながら彼女が言った「この楽曲がこんなにも求められているのが不思議」という言葉を思い出させた。すべてやり切り美しく卒業していく彼女の最後のライブ、最後のアンコールで“僕は嫌だ”と、東京ドームであれほどまでに感情的に叫んだことが何とも不思議だった。でもきっとそれは、不協和音という最も扱いづらい楽曲を見事に飼いならした櫻坂の不協和音だったからなのだろうと思った。私の目の前には2019年の欅坂の景色があったけれど、でもやはり櫻坂だった。それは全く否定的な意味ではなくて、あの不協和音を、楽曲の美しさを褪せさせることは一切なく、櫻坂のものにしてみせたということ。


たぶん、私の一番の夢が叶った瞬間だった。不協和音を生で浴びてみたいという最大の夢は、欅坂時代でさえ叶うことの難しい夢で、改名した今、もう二度と叶わないものとなった、はずだった。欅坂が2年ぶりに東京ドームで封印を解いたあの時から抱いていた、どう晴らすことも出来ない悔しさが、3年後、櫻坂に会いに行った東京ドームで昇華された。なぜ不協和音なのか、なぜ不協和音じゃないとだめなのか。欅坂が感情の全てを捧げてきた不思議な力を持つそのメロディーと歌詞は、日常的に何気なくイヤホンで聴けるような楽曲ではなかった。欅坂と欅坂のファンにとっての魔曲、2年間封印されることとなった歴史、東京ドームでその封印を解いた過去、平手友梨奈が最後にパフォーマンスした曲。全ての願いをなぞることは無理でも、その不協和音一曲で、もうしんでもいいと思えた。櫻坂を追いかけてきた意味、欅坂に執着してきた過去、後悔だらけ地雷だらけの日々、すべて今日報われるためだったんだと思った。アリーナからのあの幻のような景色は、映像に残ることは無い。衣装のあの青みも、一生忘れない。


東京ドーム公演のテーマは“fusion”
欅坂を手放してからの2年間、メンバーもファンも、欅坂を忘れられない気持ち、欅坂を超えなければいけない使命、櫻坂46は欅坂46とは全く別のグループであるという事実に苦しみ、欅坂を選択するものは離れ、櫻坂を選択するものはメンバーと共に欅坂に触れないように触れないように、そうして迎えた東京ドーム公演。櫻坂による欅坂は、欅坂楽曲の価値を全く下げることなく、楽曲を支配できていた。今まで欅坂の話題がタブーだったのは、彼女たちもファンも櫻坂になりきれていなかったからなのだと分かった。去年の欅フェスで、櫻坂の沢山の曲がたった一曲の欅坂の曲に負けてしまった時の、彼女たちの悔しそうな姿はもうなかった。もう誰の目にも明らかに、欅坂ではなく櫻坂としての価値を身に着けた彼女たちは、初めて欅坂の楽曲を、前向きにパフォーマンスした。私はここで初めて、欅坂か櫻坂どちらかを選ばなければいけなかった時代は終わったのだと悟った。櫻坂として生きる彼女たちに欅坂を求めても、もう欅坂に負けることは無い。どちらも大切にすることが出来る時代が訪れたのだと悟った。“fusion”していた。


セレモニー
スクリーンに7年間を振り返るゆっかちゃんの映像が流れる。美しい豪華な水色のドレスを身に纏ったゆっかちゃんが登場した。センターステージでスポットライトが当たったゆっかちゃんに会場中から拍手がおくられたその雰囲気は、今までに感じたことの無いあたたかさだった。あまりにも偉大で、大好きで、幸せになって欲しくて、でも行って欲しくなくて。ゆっかちゃんが去っていく背中を見ながらそんな気持ちが溢れ出てきた。ゆっかちゃんのいなくなった櫻坂が、一列になって挨拶をする。「以上、櫻坂46でした」の掛け声が、もうゆっかちゃんでは無いことに、すごく、すごく寂しさを覚えると同時に、でも、今までと違って、これからの櫻坂46に期待感もあった。正直、ゆっかちゃんの卒業によって、自分の中でも何かが終わる気がしていた、だから、全力で追いかけるのはこれが最後かもしれないとも思って来た東京ドームだった。なのに不思議と、その時の私には櫻坂46に着いていく未来しか見えなかった。


この2日間で、欅坂46への未練と、櫻坂46への葛藤が昇華された。アイドルオタク人生で、最も思い出深く、大切な2日間になった。東京ドームに行く前の自分とは、別人のような心持ちでいる。そしてこの感覚を持て余してまだ少しふわふわしている。欅坂東京ドーム公演のゆっかちゃんの言葉「また全員でここに帰ってきたいと思います」を聞く度に苦しかったけれど、3年後こんな未来が待っているなんて、思いもしなかった。
私はこれからも、欅坂46と櫻坂46のことが大好きだと思う。そして次はもっと沢山のファンに囲まれて、一面櫻色に染まった東京ドームをみたい。またいつか、櫻坂46と一緒に、ここにくる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?