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短編小説:恋人の父親を埋めた夜

■恋人の父親を埋めた夜

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 イラスト:塚本穴骨


 「あはっ。ホントに殺しちゃったね」
 白いロリータ服に付着した血の色が、月明かりに照らされてキラリと輝く。不謹慎だけど、真っ白な衣装とドギツい赤のコントラストが綺麗に見える。
 実の父親を埋めたスコップ越しに僕へ微笑みかける彼女の表情は、今まで過ごした数年間でいちばん妖しく、美しく思えてしまう。

 僕はいま、ひどく興奮している。張り裂けそうなほど心臓が高鳴り、鉄球でも直撃したように脳味噌がぐわんぐわん揺れて、視界が定まらない。彼女の服装から今が冬だと認識できるけれど、自分がいま寒いか暑いかすら分からない。ただ、とめどなく流れる汗と両腕に残った血の感触だけが意識を保たせてくれる。
 ……彼女の父親は、それはもう酷い男だった。暴力も性的なことも平然とするし、肉体的にも精神的にも彼女を追い詰めきった。その報いとして、娘から「死」の罰を与えられて当然かもしれない。だからといって、実行するとまでは予想できなかった。しかも、僕も殺害を手助けした立派な共犯者だ。そういえば、山奥のここまで父親の死体を運んだのは僕らしい。一心不乱で気づかなかった。背中には、まだ生暖かさが残っている。生命の残滓。

 「キミが気にすることないよ。あんなヒト、殺されてあたりまえだもん」
 まるで通学路で偶然顔を合わせた時のような、日常的な雰囲気のまま彼女が笑う。「殺人」という非日常の真っ只中で、逆に冷静になっているのだろうか。
 「それでも、じっさいに殺すとは思わなかったよ」
 「だって、正当性のある暴力を振るう瞬間って、もっとも快楽物質が発生するんだよ? 罪が軽い学生うちにヤっておくのが正解だと思って」
 あくまで表情を崩さぬまま、彼女は続ける。
 「大人なんて、みんなネットやニュースに正当な暴力をかざして気持ちよくなってるじゃない。お父さんだって、一応はわたしが悪いって理由つけて殴ってきた。そうすることでドーパミンがでるんだから」
 血の匂い混じりの夜風が彼女のスカートを揺らす。地面に突き刺したスコップの真下には、父親の死体が埋まっている。

 「わたしたち、永久に離れられない共犯者だね」
 頭部の痛みが激しくなる。眼の前の光景を認識するたびに胸が苦しい。対して彼女は不気味なくらい楽観的で、きわめて冷静に話を続けた。
 「どんな、きれい事よりも強固な絆だよ。こんな刺激的な体験、今後あるはずがないもの。一生の想い出だねっ」
 このまま僕らはニュースになって、ともに更生施設へ送られ、数年後に解放されるのだろう。それでも世間は僕らを許さないから、二人で一緒に社会から逃げるように暮らすことになる……可能性は低くない。彼女なら、それを実現するバイタリティもあるし。
 「このまま父親を殺さなかったらさ、わたしたち平凡で詰まらない人生のままだったよ。こんな田舎で頭良くもない学校通ってさ。がんばって勉強して都会に出たところで、せいぜい中の下くらいの生活になるでしょ? 中学生の時点でわかるよ。わたしたち、何者かになって大成するほどつよい運命を背負ってない」
 理屈っぽい話の中に交じる「運命」なんてファンシーな単語が彼女らしい。
 「それに、なにもなければわたしたち、数年後には別れてるじゃない? 普通のカップルってそんなものでしょ。どんなに熱々だって、それは思春期の勘違いってだけで、いつかリアルと向き合う時が来たらサクッと離れ離れ。だけど、こうして強烈な興奮をともにしたおかげで、お互い永久に相手のことを想い続ける……それって素敵だよ」
 ぐわんぐわん。彼女が言葉を発するたび、状況に反した甘い甘い声が反芻して脳内を揺さぶりだす。
 「キミは、どっちが幸福だと思う?」
 彼女の言っている意味は理解できるけれど、それを判断できるほど僕はまだ冷静じゃない。いや、平常時だってこんな問いに答えられる筈がない。頭が痛い。
 「痛い……。ごめん、話はちゃんと聞いているけど、とにかく頭が痛いんだ」
 鈍痛に我慢できず、ついに僕は頭を抱えてしゃがみ込む。そのせいで地面を直視してしまい、その奥にある死体のリアリティが鋭い痛みへかわって襲いかかる。痛い痛い。
 恋人の情けない様子を見て、彼女はいったい何を思うのだろうと緊張していると、彼女の口から飛び出たのは、さすがに予想外すぎる言葉だった。


──大丈夫、これぜんぶ夢だから。


 「え……?」
 ビックリした僕が顔をあげると、月明かりに包まれた彼女と目が合う。少女らしい黒くて大きな眼差し。あたり一面に広がる血の色が反射して、ほんのり赤い。
 「だって、こんな非現実的なコトありえないじゃない?」
 「夢にしては現実味がありすぎるよ……」
 ふざけているのか、特異な状況にあてられておかしくなったのか判断できない。唯一たしかなこととして、彼女のまんまるな瞳はとても綺麗だ。
 「じゃあ現実かも」
 「やっぱり、バカにしているのか?」
 「本気だよ。キミが望んだほうが真実ってだけ」
 そうだった。彼女は僕にけっしてウソをつかない。表面を取り繕い、ウソでコーティングされた大人を嫌悪していたから。殺したいほど、父親を憎んでいたから。
 
 「わたしと一生消えない想い出を刻んで、永遠になる快楽と……、このままどこにでもいる平凡な田舎の学生カップルを過ごす日常。どの未来をキミは生きたい?」
 思考が追いつかない。情報の洪水によって意識が混濁する。暗闇の風景がどんどん歪んで、もう彼女の姿しかはっきり視認できない。おそらく、このまま僕は気絶してしまうのだろう。そして、目を覚ましたときに居る場所は……。
 「おやすみなさい。起きたときは、わたしと一緒に知らない施設でオトナの人に囲まれているか、いつも通りお布団の上で家族と朝を迎えているか、どちらなんだろうね」
 ぷつん、と目の前が真っ暗になる。

 「キミの幸せは、どっちなのかな?」

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