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アパート・ロリータガール物語

 自宅に置くには超てんちゃん・あめちゃん靴が大きすぎるので、みんなで住んでいるアパートに置いたら、玄関があまりに「人んち」すぎて浮きまくっている。



 「和」かつオールドな空間に設置された、洋風の厚底シューズ。テカテカで若々しい光が灰色の床に輝く。
 ここまで違和感が放たれると、もはやドラマ性すら感じる。理解のない田舎の実家に住むイケイケの若い女の子が抱える苦悩とギャップの物語。

 「お母さんには何もわかんないよ!!!」
 地方のアパートに轟く少女の甲高い声。
 やれやれ、と呆れた顔つきでスルーを決め込むお母さん。理解のない親の態度に、少女の不満は加速する。
 「なんでいちいちダサい方の靴履かせようとするわけ!?お母さんのセンスじゃ友達に笑われるって言ってんじゃん!!!」
 「だって、アンタの買ってきた靴、リボンがいっぱい付いてるし厚底で歩きづらいじゃない。その細い足じゃ怪我しちゃうし身長伸びなくなるよ」
 「そんな心配、余計なお世話だよ!大人になってからじゃなくて今もかわいくなりたいの!」
 「バカね〜。フツーが一番かわいいんだから。変に高い靴とかピンクのお洋服買わなくていいの。そもそもお母さんが渡した小遣いでしょ」
 「もらったお金を好きに使って悪い!?」
 ふたりの喧嘩をどうでも良さそうに聴き流す父。白い肌着は汗が染みて加齢臭を想起させる。
 「オシャレしないでお父さんみたいになれって言うの!?」
 「お父さんはもうオシャレする方がみっともない歳だからいいの!」
 「じゃあいつ好きな靴履けばいいわけ!」
 ちょっぴり悲しむお父さん。しかし、下半身はトランクス一枚な中年男性が何を喋ろうとも火に油を注ぐだけである。娘にもお母さんにも嫌われたくないまま、沈黙を選択せざるを得ない。
 「なんでわかってくれないの!」
 痺れを切らした少女が自室に引き篭もる。この家は終わりだ。もっさい母親と、くっさい父親に青春を阻まれて腐っていく。お母さんの用意するぺったんこの靴では誰も振り向かない。
 将来、将来、健康、健康、勉強、勉強!
 大人はみんなそれしか言わない!
 スマホの向こうでは、同い年の女の子たちが華々しいドレスを纏い、ごっついハイヒールで可憐に踊り出す。そのアンバランスさが余計に可愛らしく、彼女たちの投稿には多くの称賛が贈られていく。
 わたしの若さが、価値が、田舎に潰される。
 ぺったんこの靴では心も平らになる。
 フリルのない服では心は揺れない。
 真面目に生きて、お堅くかわいくない格好をして、それで良い大学に受かったとて、次はすぐ就活のあために真っ黒な感情のないスーツを着せられて、働いたら人当たりのいい無難なファッションで社会に馴染む。そこになんの魅力がある?
 そうして「真面目に無難に」生きた結果が田舎のアパート暮らし。熟しきった売れ残り果実。
 すっかり泣き疲れたころ、ちゃんとズボンを履き終えた父が部屋へとやってきた。
 「母さんはああ言うけどな、たまには好きな格好せえよ」
 「なに急に……」
 「あれでも若い時は母さんはフリフリのロリータだったからなあ」
 「え……?お母さんもかわいかったの?」
 「可愛いどころか配信者だったよ」
 「配信者!?」
 「うん。おまえの靴よりピカピカなオーロラ柄の制服着て、髪なんて真っ黄色。おまけにピンクと水色のツインテールで、全身リボンだらけ」
 「えぇ、怖いんだけど……」
 「怖いだろ?お母さん、娘には道を誤って欲しくないんだよ」
 「ごめん。ちょっとだけ分かった気がする。ていうか、父さんはなんでそんな人と結婚したの?」
 「父さんはな、毎回当時の母さんへ赤スパ飛ばしているうちに取り返しつかなくなったんだよ」
 「キモすぎる……」

 そんなこんなで、田舎のお年ごろ娘は、たまーにかわいい靴を履きつつ、それなりに勉強もしながら生きることにしたのでした。

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