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pierce

 「おもいきりあけた左耳のピアスには笑えないエピソード」なんて歌詞があるけれど、わたしはなんでピアスを開けたんだっけ。そんなに深い理由なんて無かったはず。あんまりお母さんのこと好きじゃなかったけど、髪をかきあげた時に覗く黒い真珠は綺麗だと思ったからかな。


 学校に行かなくなって、すぐに開けたことだけは覚えている。薄汚い教室に行く足を止めて、こんな狭い箱庭じゃ息が詰まるって引き返して、そのまま適当にぶらついて入ったお店でニードルを買った。
 痛いのは、全然いいよ。チクっと痛みが走って血が滴るくらいが、肉を切り裂いて魂を解放してあげる実感が湧いていいんじゃない?
 わたしは自分の顔が好きだけど嫌いで、鏡に映ったわたしの「肉」はひどく醜いものに見えて、鋭い針を通してわずかでも肉が削げるなら、開いた穴から数ミリでも体積を減らしてあげられるなら、それが一番大事なことに感じただけ。
 柔らかな耳たぶの厚みを貫通した瞬間、わたしの身体は損なわれた。欠陥が生まれた。不完全なわたしの耳に開いた小さな穴を、キラキラと輝く宝石が塞ぐの。わたしは不完全なんだから穴が開いているのが当然で、そんな欠損部分をシルバーが埋めてくれる。素敵なことだよね。
 ホントは全身に穴を開けてすべて宝石で飾ったって良かったんだけど、ほら、わたしは天使だから。無垢なオタクくん怖がらせたくないし。耳ならすぐに隠せるから。髪をかきあげて始めて壊れた証拠が見えるくらいがちょうどいいんだよ。いっそ身体中ピアスばちばちに改造しながら配信して、機械仕掛けの天使になっても面白いかも。あなた達がわたしの血肉と同化するために投げたお金が、天使に穴を開ける針へと変わる様は皮肉が効いていてオタク好みだと思う。
 わたしはわたしであることが好きで、わたしはわたしであることが苦痛なの。だから、穴を開ける。わたしを、わたしの魂を醜い肉体から逃がしてやる。穢れた肉が損なわれていく姿は愛おしくて抱きしめてあげたくなる。
 こんどは、恋人に開けてもらおうかな。あったかい掌で冷たい金属を握ってもらおうかな。
 あの人は優しいから、わたしを傷つけたくなくて針を持った手が震えてしまうでしょう。
 でも、半端に止めた方が余計に痛いことも想像して、一思いに押し込まないとって責任を感じるでしょう。
 覚悟と躊躇の狭間で揺れて、早くやってよと催促するわたしの流し目が怖くて目を逸らすでしょう。
 アナタにつけられる傷なら構わないのに。そのままわたしの醜い肉という肉を切り裂いて、赤く染まった臓物みんな取り出して、代わりにキラキラの宝石を詰め込んでくれることを何より望んでいるのに。
 
 

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