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一口エッセイ:野菜弄りとイジメの境界線

 ホリエモンについて詳しいことは何も知らない僕でも、野菜リプライ激怒事件はさすがに知っていて、そしてホリエモンが野菜弄りをされている光景を見るたび、ちょっと笑っちゃう気持ちはありつつも悲しくなってしまう。なぜ悲しくなってしまうのかを考えてみることにします。
 まず、「気持ちはわかる」ことが大きい。ホリエモンは肉のおいしさを伝えるためお肉の写真を貼ったわけで、それに対して「野菜食べてますか?」とリプライする方がおかしい。これは揚げ足取りや杞憂の域だ。いまは肉の話をしているのに、勝手に野菜を持ち出して健康の心配をし出すのは一方的すぎて会話じゃない。しかも「や、やさい食べてますか?w」の文頭の吃りや文末のwも絶妙にムカつく。
 なので、やっぱり僕もこのリプライが来ると苛立ちはするでしょう。僕は食事の話はしないので漫画とかになるかな。ジャンプの話をしている時に、「ヤンマガもちゃんと読まないとですよ!」と知らない人間に絡まれたら、ブチギレこそしないものの怒りゲージが若干溜まる。とはいえ、ガチギレ長文を送ったりしないけれども。
 ところが有名人であるホリエモンには、僕なんかとは比べ物にならない一方的な揚げ足取りやアドバイス(のつもり)リプライが大量にくるわけで、つもりにつもった怒りゲージが爆発して、返信で激怒してしまったのではないかと思う。そうなると心の動きとしては理解できるし、僕だってそうなる可能性は秘めている。
 が、それはそれとして「野菜を食べてますか」と言われただけではちゃめちゃな罵倒を飛ばしてしまうのは、正直面白い。そこだけ切り取られると、なんでこんなにキレてるんだとシュールさが生まれてしまう。それは認めざるを得ない。けれども、前提としては文脈無視して突然野菜の話を持ち出す方がおかしい。この矛盾に苦しんでしまって僕は悲しくなってしまうのでしょう。
 この「正直面白い」って部分が厄介だ。そのせいでみんなが弄ってしまう。「笑い」という根源的な快楽に抗うのは難しい。実際、ホリエモンの器の大きさや沸点、食生活について本気で考えて発言している人間なんて一割にも満たず、みんな押し付けがましいリプライの是非は無視して、「野菜食べているか訊かれただけでブチギレする有名人」という部分だけを見ている。気になって調べてみたところ、ホリエモンは肉に対して強い拘りがあるうえに野菜も普段から食べているらしい。長文で罵倒するかはともかく、怒ってもおかしくはないわけだ。これが長文の罵倒でなく2.3行の注意であれば正当なものであるはず。
 ループしてしまうが、そうはならずに瞬間的にブチ切れてしまったからには、どうしてもネットのオモチャにされる運命だ。以降もホリエモンは永久に「野菜」のことを弄られるだろうし、野菜ネタで弄る人はそれがシュールだから言っているだけで、当然ホリエモンに対して真剣な意見や批判はカケラもない。これくらいの「野菜弄り」でさらにキレたら、それもやはりネタとして受け取って笑うのだろう。別に僕もホリエモン本人に思うことは何一つありませんが、つねに野菜で弄られ続けるのは同情の念があります。
 なんだかモヤモヤするので検索してみたら、同じ感情の方がいて、太田光の「イジメはお笑いの延長線上にあって、その境界線を引くのは難しい」という話を引用して、この野菜弄りは「弄ると面白いのは事実だが、本人が嫌がっているのだからイジメに近いのではないか」と問題提起していました。たしかにこれだ。「弄って面白いから仕方ない」とみんなが軽い気持ちで野菜野菜と言っているものの、相手は本気でそれにキレているのだから、何度も何度も擦られるとインターネットによる不特定多数からの「イジメ」の制御できなさに悲しみを覚えるのだ。一つ一つに責任が無いくらい軽いからこそ、恐ろしい。
 しかし、野菜弄りでちょっと笑ってしまうのも事実だし、長文で罵倒するのもどうかと思う。ちょっぴり「かわいそうだなー」と感じるくらいで、別に弄りを止めたいとか擁護するような気持ちも一切ない。ホリエモンのこと本当によく知らないし、一生関係ないだろうし……。
 でも、やっぱりアドバイス面して善人ぶったリプライはムカつく。ここで思考がループする。ループしたら永久に答えが出ないので、もう放棄して断ち切らなければならない。ごめんなさい、ホリエモン。僕にはもう野菜のことはどうにもできない。せめて、これから良いお肉をいっぱい食べれるといいねと表面上は締めつつも、正味それすらどっちでもいいのであった。


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