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フツーの女子大生の夜

 急に死にたさが襲ってきたけど、周りに連絡できないタイプの震え方だったから、それが余計につらくて、とにかく誰かに話を聞いて欲しくて、でも……って。もう限界だったから、大好きだったアイドルの子にDMしてみた。
「ねぇ死にたいです」って。
 なにが「ねぇ」だ。このタイミングでかわいこぶって、わたしは一体なんなんだ。好きなアイドル……アイドルって言っても正確にはその規模の子じゃなくて、主にSNSに自撮りを貼って、それがなんていうかダーク系? 病み系でかわいくて、すごく暗い表情で映っているのにカッコよくて……特に髪が紫色なのが好きなんだ。紫って虹の端で、狂気の色だから。なんだかとっても神聖な、そして昏い闇の魅力が溢れているようで。話が脱線したね。自撮りのおかげでフォロワーが何万人か居て、たまにリアイベとかコンカフェのゲスト出勤とかするタイプの活動をしている子。一回だけ一緒にチェキ撮ったことある。抱きしめてくれた。向こうからすれば既に記憶にないモブA子だけど。スマホの裏に挟んでる。宝物だよ。
 こんなに世界のすべてを憎んでいるような目をしている子だったら、わたしの気持ちもわかってくれるんじゃないかって思っちゃって、錯乱してメッセージ送信しちゃった。冷静になって考えると、そんなにたくさんの重いモノを背負っている人に、わざわざモブA程度の死にたさを見せつけるって、なんて下品なことをしてしまったんだろう。そりゃ、わたしの悲しみも苦しみも理解してくれるかもしれないけどさ。だからって、一般人のそれまで背負せちゃうなんて。彼女の大事なプライベートの時間を奪ってまで。
 ああ、きっと呆れるんだろうな。ひとしきり仕事を終えて、ようやくSNSでも眺めますかってタイミングに案件とか活動者仲間からの連絡と思ったら、誰ともわからない馬の骨の女子大生から「ねぇ死にたい」。そんなの向こうが死にたくなるよ。いや、「殺すぞガキ女」ってなるかな? やだなぁ嫌われたくない。嫌われたくない。嫌われたくない……。でも、送っちゃったものは仕方ないし、病んだ感じの発言する人なんだから、こういうのも織り込み済みの手慣れたものだよね。知らない女からの病みアピール、出会い厨男からのヤリモクDM、指でスッと弾いて即削除。3秒後にはキラキラしたタイムラインといいね通知に包まれる。それだけだよね。
 いや、なにを開き直っているんだ。数秒で消されたとて、余計なことした事実は変わらない。ていうか消されるなら消されるで悲しい。わたしの死にたさは、有名人にとっては3秒の価値もないんだ。そりゃそうか。わたしだって、知らない人の死にたさに一ミリも興味ないもん。「構ってちゃんしてないでちゃんとしたら?」ってしかならない。そうだよね。結局自分がちゃんとするしかないのに、なにやってんだろ。わたしの苦しみやダメさと他者は関係ない。どこにでもいる女子大生のありふれた死にたさ。ああ、わたしに特別なことって何一つ無いんだ。こんなにたくさんの女の子がSNSに溢れている現代で、なぜかわたしが愛されていく可能性って一ミリも無いんだよ。
 あ〜……それが死にたみの理由だけど、言葉にすると陳腐だなぁ。「誰にも愛されないので死にたいです!」、まっっっったく面白くない! これがレポートだったら、「この研究に新規性はありますか?」ってネチネチネチ言われて詰む。その場で泣き崩れる。「困ったらすぐ泣く女さん(笑)」ってバカにされる。本当にすごい人たちは、悩み方すら面白い。面白いっていうか、気品があってかっこいい。わたしの好きなさっきの自撮りの子も、自己のアイデンティティについての苦悩を深夜に呟いて消していた。カッコいいよ〜……わたしも自分のアイデンティティがどこにあるかで悩みたいよ〜……。でも、そんな高尚なステージなんて遥か高み。わたしの死にたさは分解すると、「単位がヤバい」「友達の彼氏自慢がウザい(少し嫉妬あり)」「男配信者にハマりかけて沼りそう」とか、そんな感じで……あ〜〜〜っ!!!!!! と叫ぶ勇気すらないから凡庸なのだ。ここで思い切って外に飛び出して叫び回って暴れるくらいのオモシレー女には、永久になれないんだよ。きっと画面の向こうのあの子たちは、ストゼロ片手に踊り狂って、それを動画にしてアップして、その姿がまたカッコよくて、紫色の髪の毛が妖しく揺れて、溢れたストゼロの水飛沫まで月に照らされ美しく輝くんだ。
 あ〜〜……って思ってたら、通知が来た。あの子から。え……と目を左右に震わせながら見てみたら、「わたしには何もできないけど、がんばろな」と書いてある。あの子が、キラキラ輝くお星様と並んだあの子から贈られた、メッセージ欄に光る二人だけの特別。
 わたしはちょっと泣いて、BOOTHで彼女のチェキをお小遣いぶんあるだけ買って、ストゼロで睡眠薬流し込んで、枕を抱きしめながら、眠りについた。おやすみなさい、世界。

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