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術後4日目 99年7月の想い出

 術後4日目。
 全体的に回復しつつあるものの、微熱と出血は多少残っており、なによりずっと左鼻に管が刺さっている圧迫感からか左耳に激痛が走るようになった。特に涎を飲み込むと痛い!
 が、問題点としてはそれくらいで他は順調といったところでしょうか。新たなトラブルとして、今の僕は液体を飲むとすぐに鼻から出る。どうやら喉と鼻が開通したことで逆流しているらしい。しかし、普通の人も条件は同じなのになぜみんなはめったに逆流しないのかと先生に尋ねたところ、「普通は何度も飲食を経験していくうちに喉の筋肉の使い方を覚えて無意識に逆流しないように働きかけている」らしい! すごいね、人体。恐らくこの過程を赤子の頃にみな経験済みなのだ。僕は今が初体験となる。どうすればいいんだ。
 現状の問題は「圧迫感で耳の痛みが激しい」「飲食のたびに鼻へ逆流する」の二つのみ。前者は鎮痛剤と根気、後者は飲み込む際に天を仰ぐように上を向くことで解決する他ない。今も鎮痛剤を服用してなお、耳の痛みに困らされて眠れませんが、一日目・二日目のピーク時に比べればマシではあります。
 なので、入院生活において今日は特筆すべき点もない。敢えていうなら時間が余っているので漫画をたくさん読めて楽しいことくらいか。猿渡哲也先生の新刊『エイハブ』、とんでもない名作でした。先生の画力と宗教観の融合が堪らない。ここまで暴力に神々しさすら付与できる絵の巧さを持つ作家もなかなか居ない。
 面白かった作品の話は退院後にでも書くとして、せっかく入院中ですから、昔の病院での想い出話でも置いていきましょう。
 幼少期も同様に鼻の手術で何度も入院していたわけですが、特に忘れられない入院時期がある。時は世紀末。1999年の7月。恐怖の大王がやってきて世界を滅ぼすとノストラダムスの予言の日となったその月、まだ5歳程度だった僕は病室で一人であった。


 99年。世はオカルトブームの真っ最中であり、テレビも雑誌もホラーにオカルト、終末論。世界の崩壊なんて信じてなくとも、誰もがうっすら「99〜00年にかけて大きな変化が訪れるであろう」と予感していた。2000年問題がどうなどとも騒がれていたことも覚えています。2000年問題より自分の夢。
 病室なんて暇すぎてテレビを観る他ない。今なら子供でもスマホで好きな動画やゲームを再生していればいいけれども、当時の娯楽は部屋に備え付けられたブラウン管テレビ、持ち込んだゲームボーイカラー、漫画くらいである。結果的に多くの時間をテレビに費やすこととなる。
 当然、ブーム真っ盛りなテレビ局が「恐怖の大王アンゴルモア」を特集しないわけがなく、どのチャンネルでも終末がどう、宇宙人がどう、そりゃもう言うだけタダな番組側は煽る煽る。子供なりに情報を取捨選択していくが、ここまで言われると99年7月になった瞬間、宇宙から飛来した巨大UFOから降り立つ恐怖の大王が世界を崩壊させると半ば信じ込んでしまう。
 これが自宅で家族や好きなおもちゃに囲まれてならともかく、当時の僕は就寝時は母親も帰り、夜の病室に独り。ただでさえ子供が病院にぽつんと置かれるだけで不安なのに、周囲は終末の話しかしない。夜21時、部屋と廊下が消灯する。灯はナースステーションかトイレのぼおっとした照明のみとなる。心細くてカーテンを開いてみるも、病室から見える青白い中庭や向かい側の病棟の機械的な光は、むしろホラーなシチュエーションの定番そのものだ。さっとカーテンを閉める。
 それはもう、本当に長い夜であった。さすがに記憶が定かではありませんが、1.2時間くらい「寝たら恐怖の大王のUFOが病院を押し潰しているのではないか」という妄想に取り憑かれ、5歳児にしてせん妄パニックである。
 ここで考えるのは、「大人はどれだけ本気にしているか」だ。テレビの奴らはああは言っても、母親は特に何もなく帰宅したし、ナースステーションには恐らく見慣れた看護師たちが変わらず作業をしている。つまり、一般的な大人の人々にとっては「テレビのウソ」である筈。あんなものは毒電波だ!真実は何もなく日常が続く!……のだろうか? こういう場合、「大人が呑気にバカにしていること」が本当である方がドラマの定番である。裏の裏まで想像し、あらゆる可能性をシミュレーションする。よくよく考えると、僕個人が寝てようが起きていようが、宇宙の大王が来るか来ないかとは無関係なのに……。
 そうこうしているうちに何だかんだで眠りにつき、翌日は変わらず面会の母親も看護師もやってくる。何もなかった。何もなかったけれども、それゆえのガッカリ感もあるし、あの「99年7月に子供が病室に一人」という事実は永久に忘れられず、そして二度と味わえない恐怖である。
 思えば僕がホラーがどう、オカルトといまだに強く囚われているのは、あの一夜のパニックによって毒電波にあてられたからじゃないか。もしかしたら僕の個室にだけアンゴルモアはやってきたのかもしれない。ひょっとすると今夜も……。こうして夜の病院に居るとあの夜を思い出す。

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