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発熱と毒

 熱が出てしまった。
 今年に入ってから2ヶ月ごとくらいに体調を崩しているので、明らかにストレスが要因であると思われる。どれだけジムに通おうとも心までは防御できないらしい。
 今回は、今までと違って「鼻詰まり」を感じて余計に苦しい。去年の年末まで病気で一切の嗅覚が無かった僕は、年中詰まっているせいで「鼻が詰まっているな」と感じたことがなかった。生まれてからつねにそうなので、もはやデバフがかかっていると認識できないのです。
 ある意味では昔に戻っただけなのに、いざ鼻がゴロゴロとすると違和感でむずむずとする。そういえば今年に入って初めて正しい深呼吸を行った。鼻呼吸ができるようになったので、思い切り息を吸う・吐くが可能となり、入眠時に副交感神経に切り替えるための便利な手段としていた。
 その深呼吸ができず、入眠も満足にできないのに頭が痛くてキツい。が、発熱自体はそんなに嫌いではありません。
 発生したウィルスに対して、もちろん身体は抵抗をする。その際の内部での争いは「悪寒」「寒気」の形で表に浮上する。唐突に身体が震え出し、その後に体温調節のためドッと汗をかく。この瞬間の異常さは癖になる。
 薬物とは、要するに身体に取り込んだ「毒」による作用です。毒を人間用に調整したら薬にもなりますが。市販薬だろうがグレーな薬物であろうが、基本的には体内に取り込んだ異物の効能によって、症状を和らげたり、一時的に気持ちよくなったり、幻覚を見たりする。僕は総じて毒を愛している。
 ウィルスは強力なので全身が必死に応戦する。この抵抗によって起きる副作用の強弱の調整によって、人は様々な恩恵や異常な体験を得てきた。毒を薄めれば良薬ができあがる。なら、毒自体をトリップとして楽しむ者が居たっていいでしょう。
 半年以上ジムに通い続けていると、だんだんと己の肉体の動きが分かるようになる。身体内部の変化が掴める。胃の動きとかに敏感になれる。今回は悪寒とともに、自身の血液や内臓が精いっぱい働いていることが実感されていく。毒と抵抗によって生じる汗のじっとりした感触に「生」を覚える。これは苦痛でもあると同時に刺激である。日常に退屈した場合は刺激を与えないといけない。刺激は苦しみと非日常への快楽を同時にもたらす。身体へのダメージを覆うため分泌された脳内麻薬の心地よさを覚えてしまった哀れな馬鹿。刺激を最上の体験とならば、毒も薬も等しく愛さねばならない。人間へのデメリットが違うだけで本質は同じでしょう。

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