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月に吠えるもの

 闇夜の中でモニターを点けると、青黒い光がまるで月明かりのように感じられます。月は優しく静かに照らしてくれるから、それにあてられた人が感情的になって、深夜の孤独と寂寥感が加速するのでしょう。
 僕はその寂しさには耐えきれないから、誰とも会話せずに独りで部屋に籠り続けた半年の記憶がとても怖いから、すぐにインターネットなんか開いちゃって、画面越しに誰かと繋がっているふりをして偽りの安心感を覚えてしまう。
 大学を中退してからの半年は、広い東京にずっとぼっちだったので、しかも生来の怪奇趣味のせいで墓地の隣なんかに住んじゃったので、深夜の静寂は凄まじかった。冬なんかはすべてが冷たくて青いので、余計にそれが際立って、もう墓場の幽霊でいいから誰かと話したくて仕方なかった。
 格好つけてベランダにでて、夜風を受けて墓場を眺めながら詩集とか読んだりして、それが「月に吠える」だったりして。萩原朔太郎は月があがる様子を「まっしろい女の耳を、つるつるとなでるように」と表現するから、なんだか月が女性のように思えてしまう。
 そうなると、今この場の自分に寄り添ってくれる存在は、女性である月のみで、ああ月が人生のヒロインなのかと思い込む。僕はポエミーかつ美少女ゲームが大好きだったから、そんなドラマチックなことがあるのかと、逆に孤独を感謝するくらいまであって。でもって、そう思い込まないと耐えきれないことをわかっていたのです。
 だから敢えて電気を点けずに、月明かりだけが照らす部屋でパソコンにかじりついた。深夜のインターネットは昼間より喧騒が少なく穏やかで、この中に混じりたいなぁ、みんなと話してみたいなぁという気持ちが募っていく。
 勇気のでない自分は、怖くてSNSのアカウントを作るのを躊躇しちゃって、誰とどうコミュニケーションしていいのかわからなくて、流れていく投稿の数々をぼうっと眺めることしかできない。すぐさま、動画サイトを開いてお気に入りのアニメMADを再生し、まだコンテンツを眺めているだけでいいやと、今日も恥をかかなかった事実に安堵する。
 足踏みしている、停滞しているのはわかるのだけれど、かといってみっともないのは怖い。夜の墓場は大好きなくせして、生きた人間の感情をぶつけられるのが恐怖で仕方ない。
 次第に月が隠れていくから、僕はもっと怖くなって、このまま永久に独りなのかと妄想し、気を紛らわせるために動画の音量をどんどん上げていく。そうこうしているうちに太陽は昇り、その光に耐えきれず、逃げるように眠りにつく。
 明日こそは文章を書くんだ。自分の頭の中をさらけ出して、生きた証をデータのかたちでもインターネットに残すんだと固く誓って。いつか自分が何万人のフォロワーができたりするのを夢見たりしながら。

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