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一口エッセイ:妄想代理人

 『妄想代理人』のオールナイト上映を観てきました。今敏のアニメを一挙に視聴するため、夜通しスクリーンに集まる同士たち。もちろん全員が他人であるが、数時間も席をともにすると、上映後には奇妙な一体感すら覚える。というか一名僕の読者がいたらしく「にゃるらさんですか?」と声をかけられた。思わぬタイミングで後ろから名前を呼ばれて驚いたが、相手が少年バットでなくて良かった。


 そんな思い出はともかくとして、『妄想代理人』はどこまでいっても「聖戦士」の話であると思う。正義に目覚めた聖なる戦士の戦いの物語だ。本編には二人の聖戦士が登場するが、片方は聖戦士の紛い物にすぎない。彼は少年バットの模倣でもある。あらゆる意味でただの現実逃避小僧でしかなかったものの、佯狂にしてはまあまあ頑張った方か。希死念慮からくる火事場の馬鹿力でしかないかもしれないが。
 もう一人、ストーリーが進みに連れて「聖戦士」へと覚醒していく方。馬庭。彼は間違いなく妄想世界の主役だ。一応、正しくは彼は聖戦士でなく「レーダーマン」を名乗る。元ネタは戸川純だろうか。とにかく、どれだけ妄想の世界を生きるかが鍵となる世界において、彼は完璧にヒーローを演じる。いや、本心と演技の境界なんてあってないようなものか。馬庭はヒーローそのものだ。それでいて現実世界の捉え方も巧みで、結局は彼が現実世界でも真相へ辿り着くこととなる。紛うことなき英雄です。
 が、彼の描かれ方はひどく滑稽だし、味方となるのも妄想世界の美少女キャラクターのみ。それでも彼は突き進む。聖戦士であり、レーダーマンであるのだから。しかし、彼は完璧すぎた。あまりに純粋すぎたゆえに、エピローグでの彼は「向こう側」にイってしまっている。事件のほとんどを彼の力で解決したというのに。しかし、これは客観的な尺度でしかなく、馬庭の主観では自分以外が狂っているのであろう。

 現に、彼は本人にしかわからない数式を「老師」から引き継ぎ、ひたすらチョークで床に数字やアルファベットを羅列していった末、何かに気づく。瞬間、彼は物語の構造からはみ出し、アニメの「語り部」となる。アニメの語り部となった事実が、何を意味するか、何かの妄想なのか、それとも「アニメ上の存在」という真理を見たのかは定かではない。少なくとも、人混みに塗れてつまらない日常を送るその後の登場人物たちより、違う世界を見ている馬庭の方が幸せともとれる。間違いだらけの世界で数少ない「正しいモノ」を一番追ったのは彼だ。彼だけは最初から最後までブレなかった。到達した「真理」のご褒美は、僕らなんかじゃ到底理解できないだけで、誰よりも物語に愛されていたのでしょう。
 真理に辿り着いた「最も正しかった者」が、他者から見れば最も狂った人物に見える。このオチが堪らなく好きで、オールナイトを駆け抜けてなお余韻に浸ることができる。真理と一般的な幸せは決してイコールではないが、一般的な幸せで満足する程度の人間に元より真理は降りてこない。

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