見出し画像

エッセイ:僕とメンヘラの母親の話

 子供の頃は気づかなかったのですが、僕の母親はいわゆるメンヘラでした。
 夫も頼れる人もおらず、女手一つで子供を育ててきたのですから、とうぜん精神だって消耗していくでしょう。18歳まで面倒見てもらったことについては感謝しかありません。

 お母さんは、幼いころから父親、つまり僕の祖父にあたる人物から虐待気味に育てられました。兄妹が多い家庭の長女として生まれた母は、祖母に逃げられ育児放棄をした祖父の代わりに弟や妹の面倒を見るため学校に行かず、ひたすら家でバイトと家事をしてきました。
 なので、僕と同じく殆ど学校に通っておらず、分数がなにかもわからないまま大人になりました。僕は母親から勉強を教わったことが一度もありません。小5時点で自分のほうが漢字や数字を理解しており、大人なのになんでだろう? と残酷な疑問をいだいたことがあります。子供故に口に出したことすらありました。お母さんは苦笑いで「お前はわたしと違って賢いね」と褒めてくれました。

 といっても、沖縄生まれなこともあるのか、周りの親も似たような境遇の方が多く、高校生の子供と毎晩飲み会したり、ブックオフでシールを入れ替え安値で高い漫画を買う親など、狂った常識と倫理観の大人も珍しくありませんでした。色んな生き方があるんだなぁと勉強になります。

 勉強を教えたり親らしいことができない罪悪感からなのか、僕が欲しいものはそれなりに買ってもらえていました。母も一日中家にいることもあって、ゲームは高確率で買ってもらえており、気づけば僕よりもお母さんの方がハマっていることも多々ありました。
 特に不思議のダンジョン系にハマっている時は、学校サボっていいから隣で攻略本読んでアシストして! と本気で頼まれたこともありました。僕は、そんなお母さんのことが大好きです。

 お母さんは、よく男を捕まえては依存を繰り返しました。若くして独り身であったので仕方ないと納得していましたが、新しい男がやってくるたび、僕の機嫌を取るため不自然に優しくなるのがイヤでした。男と母親に挟まれて手を繋がされたりと、家族ごっこに付き合わされるのは更にイヤだったです。

 一人だけ許した男性が居て、その人は「タダでたくさんゲームをさせてあげよう」と僕に謎のディスクを渡しました。そのディスクをPCにセットすると、ファミコン~ゲームボーイアドバンスまでの作品が全て遊べました。エミュレータですね。
 もちろん、小学生ながらもこれが違法であることは一瞬でわかります。お母さんはきづいてないので「すごいCDもあるんだねぇ」とただただ感心していました。母は後に平然とマジコンを購入します。
 子供にエミュレータを与える大人も居るんだなぁと発見がありましたが、気づけばその人と母は別れていました。アングラなオタクと陽の母では反りが合わないのでしょう。

 別れた晩には、必ず酔って帰ってくるので丸わかりです。玄関で倒れて暴れているのを無視していると、「わたし死ぬから!」と包丁を構えます。それでも反応せずに見つめ続けると、「うぅ……」と観念して包丁をしまい、ただ泣き崩れる。
 母の失態よりも、恋愛って息子にこんな恥も外聞もない姿を見せてまでしたいものなのかとビックリした印象が記憶に残っています。母はめぞん一刻と花より男子が大好きでした。

 僕が中学にあがったあたりで、母の男漁りは一旦落ち着きます。それか息子に悟られない程度に隠すくらいは配慮するようになったか。
 あれだけ好きだった少女漫画集めを止め、代わりに闇金ウシジマくんなどを好むようになりました。今までフルーツバスケットが並べられていた本棚がウシジマくん一色になっていく過程は迫力がありました。

 この頃には、自分がいわゆる貧乏育ちであることを自覚しており、親と同じく低学歴のままダラダラ生きていくことを察していました。母親もそのことに特に文句も言わず、このまま二人で死ぬまでのんびり暮らせればいいとお互いが本気で考えていたのです。

 母は極度の出不精で、男とデート以外で外に出ることはありません。たまにコンビニに行くくらいです。極稀に料理のためにスーパーへ行きます。僕は親と居られるところを見られたくないので留守番をするか散歩をしていましたが、たまに二人で行くこともありました。

 その時、眼前に数名のクラスメイトが居るのを発見しました。急いで母親と距離をおき、あたかも一人でふらふらしているフリをしたのですが、不自然に立ち止まった僕を心配して母が僕を呼びかけてしまい、そのせいでクラスメイトにも二人で買い物に来たのが即バレます。
 クラスメイトたちは、別段気にせず僕に挨拶しました。こちらも冷静なフリをして挨拶を返し、再び歩きだします。しばらくして、何も悪くない母親に対して怒りが湧いてしまいました。あの時、空気を読んで振り返らなければ、僕が中学生にもなって母親と買い物に来る人間だと認識されずにすんだと、完全な逆恨み。

 「オレ、一人で帰るわ」と告げ、早歩きで帰路を進みます。すると、母親は何が起こったのか理解できず、その場で泣き出しました。いい大人が街の真ん中で。僕のチンケなプライドが、お母さんの繊細な感情を猛烈に刺激したのです。

 この状況こそクラスメイトに見られたら本格的にオワリです。急いで母親の肩を持ち、無理やり歩かせます。グラップラー刃牙で母親の死体を背負いながら商店街を歩くシーンまんまの状況。

 どうにか家につくと、まだ泣いている母親に対し、ただ「ごめん、ごめんね」と言いました。いつまで経っても泣きじゃくっているので、コンビニでアイスを買ってきて渡しました。その瞬間、泣き止んでアイスを受け取る母。息子がプレゼントしてくれたのが嬉しかったのか、はたまた本当にただアイスが食べられて嬉しかったのか、本気で検討つかないような、そんな母親でした。

 

サポートされるとうれしい。