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エッセイ:沖縄中学生ヤンキーファイトクラブ

 こんな僕でも中学時代は間違いなく幸福だった。学校なんて当然のように行かなかったし、同じ貧困団地住み仲間と朝までジャンクショップで立ち読みしたり、雀卓のある友人の家で麻雀をしたりした。それはとても幸せだった。

 沖縄はヤンキーと一般生徒の境界が曖昧だ。特別マジメな生徒以外はどこかみんな不良っぽさを持っている。僕は家出趣味があって朝まで一緒に遊ぶ仲間を求めていたため、特に不真面目な友人が多かった。彼らは日常的に遊戯王カードや自転車を盗み、それを安値で売ったりして遊ぶ金を作っていた。時には先輩のバイクを盗んだのがバレてリンチされたりもしていた。それが沖縄のヤンキー中学生たちの青春。

 アニメや漫画の話はほとんど通じなかったが、ゲーセンで格ゲーと麻雀、ガンダムのVSシリーズ……当時は連ザを通して、オタクとヤンキーが共闘し合うという謎の空間がゲームセンターに生まれたりもした。オタクが他校のヤンキーをKOFでボコボコにしすぎた際、相手が席を立ってリアルファイトをしむけてきたら、同じ学校のヤンキーが加勢して助け出すという感動の光景もあった。

 オタクなのに無理して不良の真似事をしている同級生が、東方の二次創作絵を無断転載したジッポー(ゲーセンのプライズによくあるアレ)を差し出して「タバコ吸うか?」と誘ってくる。母親は僕を教育放棄していたが「家出しても飲酒してもいいから、お前は呼吸器官が弱いんだから喫煙だけはするな」と何度も念押ししていたので、頑なにタバコだけはしなかった。そんな日々だった。

 ある深夜、友人宅での麻雀に飽きて散歩していると、ヤンキーたちが小学校にたむろしていることを思い出した。ヤンキーは昼は通わないくせに夜の学校は大好きだ。

 ふと中庭を通りかかると、同じ学校の生徒が7.8人で輪になっている。一人が「警備員が来たと思ったぜ」とケタケタ笑う。BGMはガラケーから流れる音質の悪いオレンジレンジ。地元愛が強い彼らは沖縄出身のアーティストも大好き。

 とりあえず輪に加わる。「いつも意味なく集まっているの?」と訊くと、最近は「肩パンデスマッチ」が流行ってるんだと誰かが答える。詳細を訊かずとも、くだらない暴力的な暇つぶしであることは瞬時に理解できた。

 男二人が向かい合って、交互に肩パンをし合う。最初に膝をついた方の負け。単純明快で極めて原始的なゲーム。格ゲーのコンボ練習のほうが千倍マシ。

 彼らは当然、図らずもスペシャルゲストのように通りかかった僕に肩パンデスマッチをさせようとした。僕は見るからにヒョロヒョロなので面白くならないと話すと、彼らの中で一番ヒョロい男と戦わせる流れになってきた。ヤンキーなりにもゲームバランス調整ができる。

 ここまでされると、流石に辞退するのは気が引ける。なにより、一度くらいはこんな馬鹿な競技に参加してみるのも悪くない。ヤンキーグループで一番ヒョロい彼……リョウくんと睨み合う。ヒョロいといっても、彼らの中でだ。クラスの平均よりは確実に強い。なぜなら、彼らは昼間はなんだかんだ運動部でバスケや野球に青春を賭けたりしているのだ。リョウくんはサッカー部だ。運動と無縁な僕が勝てるわけがない。しかし、オタクの男の子にだって意地がある。

 じゃんけん。リョウくんが先制になった。深夜の小学校で同級生とファイティングポーズで向かい合う。BGMは音割れオレンジレンジ。観客は全員ノリノリなヤンキー。異質な状況を前に脳内麻薬が駆け巡る。

 リョウくんは遠慮なく僕の右肩にストレートをキメた。ボンッと鈍い音が校庭に響く。一発くらいではどうともない。続けて僕の番。無意味にドンキーコングのように腕を回す。相手の肩に向かって渾身の一撃を繰り出す。またボンッと鈍い音が響く。人を殴るという行為に一生慣れることはないだろう。

 「盛り上がってきた!」「テンポよくいこうぜ」

 観客が僕らを囃し立てる。2発、3発……7.8発くらいまでは問題なかったが、9発あたりから確かなダメージが蓄積してきたことがわかる。痛い痛い痛い。ダメージの溜まった腕を振り回すわけだから、殴る方も痛い。オタクの拳だって10発も受けるとリョウくんだって痛い。

 「膝をついた方の負け」というルールが、またなんとも絶妙で、どんなに痛くてもそれは上半身の話で、「膝をつく」という行為は肉体でなく精神が折れた時を意味する。13発、14発。互いに今すぐにでも地面に膝をつきたい。しかし、意地がそうさせない。さながら本人たちにとってはラオウ対トキ。

 殴る方も痛いのでお互いのパンチも半減している。それも相まって殴り合う回数が増える。20を越えてからは意識が曖昧だが、30に届く前に僕の精神が折れた。生まれてはじめて膝から崩れ落ちた。そして、そのまま仰向けに倒れた。

 ヤンキーたちは思わぬ名勝負に称賛を与えた。報酬としてタバコを渡そうとしてくれたが、僕はタバコだけはと断った。こんな夜も悪くない。リョウくんは無言で握手をしてくれた。麻雀以外にも友情を深める方法があったとは知らなかった。

 そのまま数分休むと、見回りのパトカーがやってきたらしい。一人が騒ぐと急いで僕らは道路へ出た。が、当然負傷している僕だけ出遅れる。かといって、彼らも補導はされたくないので他人を助ける余裕なんて無い。

 困った僕は、逃げるでなく隠れるを選択し、止まっているトラックの下に隠れた。いま動き出したら間違いなく死ぬな……と息を潜めつつ数十分。流石に大丈夫そうになったので、薄暗いトラックの下から文字通り這い出た。

 そのまま、ふらふらとたっぷり時間をかけて帰宅する。朝4時を過ぎているので、万が一警察に捕まっても補導はされない。通常なら30分で帰れる帰路を2時間かけた。

 早朝。久々かつボロボロで帰宅した僕を、お母さんは優しく迎え入れる。

 「負けたの?」

 悔しいが、「うん」と肯定するしかない。母は、それ以上なにも追求せずに「そっか」とだけ言うと、僕を寝かせてそっと手当をした。いくら教育放棄とはいえ、ボロボロで朝帰りした息子には思うところあった筈だ。だが、あえて何も言わない。それ以上は男のプライドを傷つけることを知っている。死んだ父さんが惚れた理由が初めてわかった気がした。

 そんな、僕の青春の1ページだった。

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