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害虫

 
 見捨てないでください。
 どうにか頑張ってみせますから。わずかでもアナタのお役に立ちますから。
 けれども、実はまったく頑張れません。申し訳ありません。このまま見捨てられたくなくて、早速ウソを吐いてしまいました。
 自分は努力をできません。生来の怠け者です。
 できるかぎり寝て過ごしていたい。惰眠を貪りたい。複雑な現実から目を背けていたいのです。
 けれども、ずっと眠っていてばかりいたら、皆が離れてしまいます。アナタも例に漏れず、怠惰で愚鈍なくせして愛情を乞う無能から距離をおこうとしていらっしゃる。
 ああ、どうか。どうかもう少しだけチャンスを頂けないでしょうか。こんなしょうもない芋虫だけれども、現世から存在が消えるギリギリの瀬戸際に追い詰められたら、さすがに尻に火がついて、少しは動き出す可能性が無きにしも非ず。
 とはいえ、そこまで追い込む側も心苦しいはず。こちらを思って尻に火をつけ、それでも無抵抗なまま火だるまから消し炭になったら、アナタには責任が、芋虫を火炙りにした罪が発生します。たとえ害虫相手であろうとも見殺しにしては夢見が悪い。そんな賭けに出たところで得られる対価は極々僅かな労働力紛いのもので、どんな酔狂だってこんな分の悪い、リスクに対してローリターンな、前提が成立していないギャンブルにでる理由がありません。
 では、こちらはどうすれでいいのでしょう?
 才能もなく、愛嬌もなく、そればかりか異様に卑屈で人並みの意欲や奉仕精神もない。このような愚か者を救うのは無償の愛しかなく、しかし、卑しい僕はアガペーなぞ現実にあり得るわけもなしと鼻で笑っている。
 もしかしたら、それこそアナタも含めた数人くらいは、採算度外視の助け舟を出してくれていたのかもしれません。世の中には、地を這うだけの僕なんぞでは想像もつかないほど立派で気高い善人もおります。惨めな肥える芋虫すら拾い上げようとする眩い「善」が、たしかにあります。
 ですが、ほら、こちらは見ての通り極度の捻くれ者ゆえ、そんな無償の愛にすら偽善だと苛つき、安いプライドから差し伸べられた手を跳ね除けてしまうことでしょう。それから、ジメジメと湿った陰鬱な殻の中へ引き篭もってしまうのです。
 きっと、お優しいアナタが今の僕の無心に絆されて同情したとて、瞬間、歪んだ頭の中ではその優しさが恐ろしくなって、すぐさま逃げ出してしまう。つまりは、この訴え自体が意味を成しておりません。僕が近づくと皆が離れ、誰かが憐れんで近づくと今度はこちらが逃げていく。こんなバカな茶番へ付き合う必要はないですね。
 もはや自分に残された道は悪あがきしかありませんから、こうして少しでも人間様たちがイヤな気持ちになれば、知らぬうちに履きたての靴で虫を踏み潰してしまったような不快感と罪悪感を抱いてくれればと、下卑た期待のみを原動力に筆を走らせているのです。
 こんなものに関わってはいけません。
 突き放そうが、優しくしようが、とにかく不快なことしか起こしません。人間と虫が分かりあうことなどあり得ないのです。
 虫が有しているのは感情ではなく「反応」で、あらゆる刺激を「怖い」と反射で避け続けているだけ。思考や意図なぞ持ち合わせておりません。
 こんなものに関わってはいけません。
 偶然目に入ってしまった気色の悪い蟲のことなど忘れて、一欠片の憐みがあるなら、もっと純粋で気持ちの良い周囲の人間たちへ、家族や友人たちへ向けてやってください。
 どうせ、こちらはなんだかんだで野垂れ死ぬことすらできません。いやらしく埃やゴミを貪り、ドロドロの自意識を肥やし、うねうねと仄暗い地面を徘徊して今後も多くの方々を不快にします。
 殺す価値すらありません。もちろん生きる価値もなく、放っておくほうが世のため。害虫は少しでも少ない方が快適でしょう。
 だから、こんなものと関わってはいけないのです。

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