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里村茜

 せっかく去年の年末に16bitのインタビューで美少女ゲームの話をしたので、日記でも久々に触れていきましょう。

 先月、20年以上の時を経てリメイク版が発売した『ONE』。それもヒロインの一人、里村茜の話をします。なぜなら、僕は里村茜のことがとてもとても大好きだから……。


 画のすべてが素晴らしい。
 いたる先生の少女漫画チックなデザインと、良い意味でのまだ熟れていない手探り感が絶妙にマッチし、奇跡的なまでに「不安定な少女性」を帯びている。立ち絵一枚でも既に彼女の「儚さ」が漂う。
 この画面で流れる『雨』のBGMがね、何もかも完璧なんです。
 やはりONEは当時の絵柄が好きだ。ONEにかぎらず、基本的に僕は旧い解像度、面倒なシステムごと愛しているので、リメイクやリマスターよりも原点を遊んでもらいたいですが。インタビューでも「ディスクを入れ替える手間あってこその没入感」の話もしましたし。とはいえ、今の環境で手軽に遊べること、システム周りがシンプルに快適であることは全くもって良いことなので、面倒なオタクの複雑な拘りがあるだけですから、みなさんは気になった方・手に入り易い方でサクッと選ぶと良いでしょう。「俺は難易度の高いシステムを乗り越えてきたのだから若者も同じ苦しみを味わうべきだ」は、悲しいくらいに老害でしかない。
 とはいえ、PS版のONE移植は酷かったですけどね。明らかにやっつけで追加されたヒロイン、そもそもテキストウィンドウから全画面表示に変わっており、質感が全く違う。ヒロインとの軽快でコミカルな会話は間違いなく両ライターの持ち味なので、明度の暗さとテキスト表示の位置でテンポを損なうのは勿体無い……。このように、移植やリメイクによっては丸っきり印象が変わることもあるので、事前に調べておくこと自体はお勧めします。
 話を里村茜に戻しましょう。彼女のルートはね、いいですよ。まだ「ツンデレ」の概念も薄く、ツンというより極端に他者を拒絶する影のある少女。彼女のことが妙に気になってちょっかいかけ続けるお調子者主人公。根負けしてだんだんと心を許し、会話時間が長くなっていく、あまりにド直球すぎて現代ではあり得ないほどストレートなシナリオ。少しずつ見えてくる彼女が他人を避けるようになった暗い過去、葛藤。それが嫌味なくそのままお出しさせる。「シナリオで泣かせる」こと自体が異端であった時代だからこそ実現した、極限まで研ぎ澄まされた「泣きゲーの原石」。そのシナリオの「純」な輝きは令和にプレイしたとて一点の澱みなく光る。

 里村茜シナリオはノベル版の趣向も面白い。左は偶然にも今日中野ブロードウェイを散歩していたら見つけた、里村茜ルート(Kanonではあゆルートも担当)を手掛けた久弥直樹によるKanon同人小説。ONEでもKanonでも僕が好きなルートは久弥直樹の手によるものだった。無論、麻枝准シナリオも十二分に堪能したうえで。麻枝准さんが今でも久弥直樹へコンプレックスを抱き続けるのも頷ける。
 先述したように、里村茜のシナリオは泣きゲーの原点として非常に「純」なものであると認識していますが、ノベル版はなんと「ヒロイン視点」で描かれる。徹底して異性を避け続けてきた少女が、お節介焼きの男子生徒へ少しずつ心惹かれてしまう過程は完全に少女漫画そのもの。
 人を好きになってはいけないと決めたのに、気づけば絆されていく様子に戸惑いつつも期待してしまう乙女チックな心理描写は、基本的に「主人公となってヒロインを攻略する」前提の美少女ゲームのプレイ感では味わえない。他ヒロインを登場させる必要のない小説の形に落とし込む際、ここまで完璧な「儚げで薄幸な美少女」との恋愛を書くなら、いっそ彼女の繊細な乙女心を描きたくなったのではないか。それだけ里村茜の存在は純粋すぎる。

 話題がブレるので省きましたが、ONEには他にも魅力的なヒロインで溢れており、麻枝准の書く王道幼馴染・長森瑞佳も、これまた逆に新鮮なくらい「幼馴染」そのものでありながら、シナリオの内容は現代の感覚でも非常に挑戦的な「男の試し行動と女の献身」が展開される。長森ルートは現代だとファンの怒りを買うレベルで意欲的な内容ですので(僕も強く印象に残った好きなシナリオ)、どちらも是非とも体験していただきたい。改めて原点にして頂点の一つである作品です。

 

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