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 「お兄ちゃんっ!」
 あたまにでっかいさくらんぼのアクセサリーを付けた、二つ結びの少女が目の前で髪を揺らす。
 「お兄ちゃん、今夜はわたしがご飯作るね!」
 「今どき、そんなテンプレ妹キャラ流行らないぞ」
 「だって、お兄ちゃんがわたしを創った時は、こんな感じがデフォルトだったんだもん」
 中学の頃、母親と2人きりで過ごした十数年のマンネリに耐えきれず、僕はタルパ……脳内妹を創造することにした。
 「もう独り身にも慣れた。自分にしか見えない妹なんて要らないよ」
 「本当に、独りで困ったことはないの?」
 血の繋がりに飢えていたんだと思う。地元に母を置いて上京してから数年後、家族欲しさが加速したのか、脳内妹の現実感は厚みを増していった。本当に作るべきだったのは、家族と同じくらい信頼できる恋人という名のパートナーだったのかもしれないが、生来のオタク気質が蟻地獄のように空想の穴へと逃避させたのだ。
 「あえていうなら、眠れなくて困っている」
 「……嘘つき」
 最近、妄想の具現化からも逃げようと試みている。
 「お兄ちゃん、ホントは眠れないフリしているだけでしょ?」
 自分の頭の中の存在だから、僕の思考はすべて筒抜けで、それが恐ろしくなったから。
 「違うよ。お兄ちゃんは、本当に眠れなくて毎晩くすりを飲んでいるんだよ」
 「結果的に不眠になっただけで、最初は違ったでしょ?」
 「……」
 ここまで人生を共有することが家族なのか。そんな大きすぎる存在(もの)、僕にはとても抱えきれない。
 「最初は、ちょっと落ち込んで眠れなかった程度だったのに、みんなの前で不眠がどうって大げさに騒いでいるうちに、だんだん言葉の力に負けて、病気を本気で思い込んじゃっただけなのにね」
 「不幸にならないとみんなに嫌われると思った。気づいたら眠れないことで幸せが逃げて、今に至る。ある意味で病気だったのは真実だよ」
 「不幸にならないと、っていうのも思い込んだだけだよ。自分の能力のなさを、不幸って言葉に包んで誤魔化してたんだ」
 彼女の目を真っ直ぐに見れない。きっと、僕のわがままに困惑している母と同じ表情をしているから。
 「死にたくなってきた」
 「その死にたさすらも嘘で、希死念慮持ちの自分に酔ってるだけ。お兄ちゃんは、いっつもそう」
 「今の死にたいは冗談のつもりだよ。でも、たまに心から消え去りたい時があるけどね」
 「そっか」
 僕のしていることはコミュニケーションなんかじゃない。誰が相手であろうとも、投げかけられた言葉のパターンを認識して、それに応じた回答を機会的に返しているだけ。妄想で創り出した相手とだってそう。どこまでいっても、自閉症の積み木遊び。
 「僕に芽生える消えたさすらも偽物で、本来の自分はもっと幸福で元気いっぱいなのかな? 僕の本心ってどっちにあると思う?」
 「さぁ? わたしは所詮妄想だから、お兄ちゃんが分からないことは分からないな」
 僕は、この妹をけっこう気に入っている。

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