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一口エッセイ:『トワイライトQ』押井守の成功と失敗

 少し前に、dアニメストアにて『トワイライトQ』なるマイナーOVAが配信されました。こういう機会は嬉しい。本当にマイナーなOVAは、こういったタイミングでもない限り、めったに話題にでることがない。トワイライトQもそのレベルで「知る人ぞ知る」作品である。
 トワイライトQは、タイトル通り一話完結のSFミステリー。「タイトル通り」というのは、おそらくこのアニメが『トワイライトゾーン』と『ウルトラQ』を意識しているから。僕もこの両作が大好き! 現代なら『世にも奇妙な物語』と『ブラックミラー』がわかりやすいですかね。
 本作『トワイライトQ』は残念ながら2話しかない。企画通りなら6話まで予定されており、毎回監督やスタッフも違った作品になる構成だったらしい。とは言え、1話2話を観た感じ、打ち切りも止む無し。決して面白くないわけじゃない。作画もOVAらしく美麗。話もなかなか挑戦的で魅せる。が……オタクすぎる! 本当にオタクすぎるんだこれ。1話は褐色美少女が中心のタイムスリップ系なSF。これもこれでなかなか複雑ではあるものの、まだ王道を感じます。美少女が映っているぶん、当時のアニメファンの楽しみポイントもまあまあある。
 問題は2話目。2話目の監督は……押井守。1987年。特に押井守作品が難解だった時期のOVA。そりゃもう面倒くさい。見て。


 青い。この画面の全てが押井守。水、魚、青白いライト、ごちゃっとした部屋、コミカルな小汚いおっさん。もう押井守の特盛。フルコース。もはやファンが「押井守らしさ」をパロディした一枚なんじゃないかと疑うくらいに、押井守が凝縮された原液。最初に言っておくと、僕はこのアニメが好きだ。押井守の大ファンであるのだから、この原液が嬉しくないわけがない。……が、同時に原液だからこそ分かる。これオタクすぎて極々一部しかついてこないよ! と。
 ここで押井監督の前提から話そう。
 1984年、押井監督はアニメーション史上に間違いなく残る大傑作『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』を作り上げた。「ただのテレビスペシャルになった」と後悔した最初のうる星映画の反省を活かし、2は暴れに暴れた。ラムの可愛さ、押井守らしい青の美しさやSF観、ドタバタコメディを守りつつ一筋縄ではいかない奥深さ、ギャグやセリフのテンポ。どれをとっても素晴らしい。すごく端的にこの作品のすごさを説明するなら、「宮崎駿も嫉妬している」レベルなのです。
 が、押井監督はその成功に囚われた。「難解なものを先に作っても評価される」とビューティフル・ドリーマーでたしかな手応えを感じた押井監督は、翌年に天野喜孝キャラデザのOVA『天使のたまご』を発表。これがまたとんでもない。とんでもないほどコケた。これも端的に言うなら「難解すぎた」のである。観たらわかりますが、あまりに美意識がそのまま発揮されたせいで、何がなんだかわからん。そのうえでが話に動きも少なく、何を楽しんでいいのかが難しい。それを差し引いても、押井守がなにか本人なりにすごく美しいことを演出しているつもりなのはわかるが、めっちゃくちゃに地味。
 けれども、画面的にはすごく綺麗で、基本は静か(途中、急にうるさくなるのでみんなそこで起きる)なので、1.2回観たあと、たまに垂れ流していると、「ああ、なるほど」と魅力が伝わってきたりする。けれども、はっきり言ってすごく眠い。これは、押井守が「良い映画は眠くなる」という哲学を持っているため、意図的にそうなっている。ちなみに、押井守の言う「良い映画」とはゴダールだ。ゴダールも眠くなる。
 その大失敗を受け、押井守は迷走した。この「難解すぎてわけかわからん時期」の一つ。が、おっさんがひたすら語りまくる地味〜な構成は、この頃のうる星2の成功で驕った監督からしか出ない味がある。総じて僕は好きな作品だ。そして、押井監督はこの時期の失敗を活かし、エンタメ性を作品に足すことで、パトレイバーや攻殻機動隊で世界的にヒット。つまり、この作品は「タメ」だ。ここでシリアス度をタメすぎて、痛い目を見てバランスを覚えたからこそ、攻殻機動隊へと繋がる。
 押井監督は語る。「他人から見てつまらない作品こそ監督が本来撮りたかったもので、そういう作品は必要だと」。これは、北野武のギャグ系映画についてのコメント。たけしのコント映画も一般的な評価は低い。が、暴力的な名作の間にああいうものを撮らなければ、たけしはたけしじゃない。押井監督にも、そのような趣味の息抜きな作品がたくさんある。文脈を知ってから観れば、「ここでの反省や発見を次に活かしたのか!」と分かって面白いぞ! まあ、トワイライトQが「おっさんが一人で喋ってるだけのわけわからん地味なアニメ」と言われるとそうなんですけどね……。あとビューティフル・ドリーマーの要素をかなり引きずっていて、これ手癖だなとも思ったらもする。なんにせよ、押井作品が好きなら一見の価値はあるし、このようなマイナーOVAが配信サブスクで日の目を見ることは良いことですね。

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