焼き鳥

焼き鳥が飛んだ。もわもわと空気の溜まった店内から逃れるように、その身は窓から飛び出した。

先週から気がかりになっていた少し面倒な仕事を片付けてとりあえず身軽になった私は、デスクから離れることが許される時間まで、先月から思考の何割かを占めていた問題について確認をしていた。ぜったい今日こそ話す、と誰にも聞こえない声を発したのと同時に、私の頭の周りに飛んでいたのは焼き鳥だった。ねぎまとせせりとかわ、どれも塩味。3本が友達のように楽しく走り回っていた。
大事な話をするのに焼き鳥屋かよ、という一般常識的な考えはその時分では持ち合わせていなかった。私にとってそれを話すのが今日だったし、焼き鳥を食べるのも今日だったのだ。

彼はいつも気の利く人なので、席に運ばれたねぎまとせせりとかわ(あと砂肝)も、それらを塩味と認識する前に箸で串から外そうとしていた。外してなんていらないのに、と何度目かの感想が浮かび、次に口に出す言葉を探していたその時だった。なかなか外すのに苦労していた砂肝が、やっと串から外れたかと思うと10センチ程離れた皿の縁に勢いよくぶつかり、スキージャンプよろしくV字を描いて飛んだ。

本来飛ぶはずのなかった鳥が、死んで焼かれて味付けされて、飛んだ。口に入れるまで外す必要のなかった串から不本意に発射され、ジャンプ台で弾け、人通りの少ない路地に向けて飛び出した。結果、人に食べられるという最期を遂げずに済んだ。ネズミかネコには食べられるかもしれないが。

放物線の描く先は薄暗闇になっていてよく見えなかったのだけど、着地した音はかすかに聞こえた。けっこう時間がかかっていたのでK点越えかも。まあそれは私の知るところではないし、実は聞こえたように感じただけかもしれない。しかしその音を合図にして、私は本来話すつもりではなかったことを話し始めていた。それは元々話すと決めていたことよりも確実に重要なことだった。なんでそれがわからなかったのか。

店を出た私は飛んだ焼き鳥の行方を探したが、見つからなかった。
なんとなくここらへんかなと当たりをつけ、手を合わせて感謝した。

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