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ラストナイト・イン・ソーホー

60年代ロンドンの文化に憧れを抱くヒロインのエロイーズは、ロンドンにあるファッションデザインの学校への進学が決まり、田舎から上京する。彼女は霊感があるらしく、幼い頃にメンタルヘルスを原因とする自殺によって亡くした母親が鏡を通して時々現れる。母親もかつてエロイーズ同様、夢を追いロンドンに上京するも志半ばで挫折、それがどうも精神疾患の原因だったらしい。

エロイーズは60年代ロンドンのファッション、音楽に耽溺する傾向があるので、周囲と話が合わず、引っ込み思案の性格も相まって学生寮の生活で孤立してしまう。またルームメイトが超嫌な女なので、思いきってバーでアルバイトをしながら、ミズ・コリンズという老婆が所有する古い屋敷の一室を借りて一人暮らしを始める。そこで夜、眠りにつくと憧れの60年代ロンドンの夢を見る。クラブに足を踏み入れ、鏡を見ると自分とは別人の女性の姿が映し出されていた。彼女はサンディという歌手を夢見る女性で、そこで業界に顔が利くと思われる色男のジャックと知り合う。サンディはジャックの紹介で、とあるクラブのオーディションに受かり、ショービジネスの世界に足を踏み入れる。サンディとジャックは恋に落ち、順風満帆なスタートを切ったかのように思えたが...。

エロイーズはこの夢を見て以来、夜毎60年代のロンドンをサンディの人生を通して体験する事になる。

『ビートルズ』の登場、ファッションではミニスカートの流行など、1960年代のロンドンにおける若者文化をスウィンギング・ロンドンと呼ぶ。しかし、華やかで開放的なムードのロンドンのすぐ裏側には、もう一つの暗い側面があった。

一見楽しげな雰囲気の、「パリのあやつり人形」という曲がサンディの人生に影を落とし始める場面に使われる。男達の暴力的な手拍子にあわせて、ストリップダンスのワキを務めるサンディ。またジャックから売春を斡旋させられるようになる。本作のタイトルにあるソーホーは、ロンドンの性風俗店が並ぶ、新宿・歌舞伎町のような歓楽街。サンデイが働くこのクラブもソーホーにある。「パリのあやつり人形」は、男の言いなりになる女性を歌った内容だ。日本の歌謡曲にも似たような内容の曲が多く歌われている。

大抵は、男性が女性の気持ちを勝手に代弁して作詞したものを、若い女性が歌う。

『ラストナイト・イン・ソーホー』の監督と脚本を手掛けたのは、『ショーン・オブ・ザ・デッド』や『ベイビー・ドライバー』のエドガーライト。彼の作品は既存の曲を使って、ミュージカル的に状況やキャラクターの心情を語らせる。同じく既存の曲を、DJ感覚で映画の中に大量にぶち込む映画監督のクエンティン・タランティーノから、『ラストナイト・イン・ソーホー』という曲を思い出させられて、そのままタイトルに採用したんだそう。

※詳細は書きませんがネタバレ注意!

『ラストナイト・イン・ソーホー』は『イングロリアス・バスターズ』以降のタランティーノ作品に似ている。正確には似ているようで真逆に展開するが、カタルシスの質は近しい。近年のタランティーノ作品は、歴史上虐げられてきた人々を、フィクションの力で救おうと試みてきた。

『ラストナイト・イン・ソーホー』では、華やかりし60年代ロンドンに背中合わせで存在した、男性優位による女性を性的搾取する構造から、現代の若者であるエロイーズがサンディを救い出す物語に向かうように思われた。

エロイーズが働くバーの常連の怪しげな老人の役を、テレンス・スタンプというベテラン俳優が演じており、このキャスティングが巧妙なミスリードを誘う。テレンス・スタンプは『コレクター』という映画の中で、女性を地下室に監禁する変質者の男を演じている。

『コレクター』以外にも数多くの映画を引用しているライト監督。彼はこれまで、ポップカルチャーに耽溺する男が現実に負けそうになりながら、そのオタク性により救われる話を描いてきたように思う。しかし、『ラストナイト・イン・ソーホー』はエンターテイメント業界に巣食う搾取の問題を描いた点で、エドガー・ライトの作家的成長が見られる。本作はジョーダン・ピールを筆頭に近年、連発して作られている社会派ホラーの系統に連ねて観る事も可能だろう。

内気だったエロイーズは悪夢を通して成長する。エドガーライトの映画は、オタクが最後に必ず勝つのだ。

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