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豊かさと鈍感さと ≪アークナイツ 吾れ先導者たらん 感想≫

 セシリアちゃんが可愛かったです。
 ……まあ割とこれで全部でもあるのですが、流石にnoteにまで書きに来てこれで終わるのもどうかと思うのでもう少し書きなぐっていこうかと思います。

 このイベントって今までの多くのイベントがあったからこそすごく響いてくるイベントだと思っていて、というのもラテラーノってこのテラの大地において異質な豊かさを持っているんですよね。
 今回のイベントの一つ前のイベントである「闇散らす火花」においてゴールデングローは火災によって全てを失って絶望し、一時は死を選ぼうとすらしていました。
 でもラテラーノだと一般的な公民が娯楽感覚で歴史的に価値がある建造物を爆破出来るし、それを当たり前のように復旧出来るですよね。
 柱爆破のシーンはラテラーノの国民性とラテラーノの異常なまでの豊かさを同時に示していてすごいシーンだと思います。
 あと、今回のイベントにおいてスキウースとユカタンが出てきますが、その二人の初出のイベントである「風雪一過」において(本人がそうなることを望んで行ったとは言え)奇跡的な事象が起きたことでエンヤはカランドの指導者として祀り上げられましたが、セシリアは今回のイベントにおいて奇跡的な事象に立ち会ったにもかかわらずあくまで一人の少女として扱われています。
 ここも国民性の問題というよりは、国家自体の潜在的な豊かさ、緊迫度の差が指導者を希求していたかどうかということだと思います。
 そしてラテラーノのみがそれほどの豊かさを享受して、サンクタであるというだけで無条件にそれらの恩恵を享受できるというのをどうしても受け入れられなかったのが、アンドアインという男だったのでしょう。

 今回のイベントってともかく登場人物が基本的にやさしいんですよね、誰もが他の誰かのことを当たり前に慮れて、ネームドキャラから脇役まで優しい人ばかりです。
 最初不穏に始まって、どうなってしまうのかと思えたセシリアの運命でしたが、結局のところ彼女に対して悪意を持って接した人間は居なくて、彼女の存在を利用しようとしたアンドアインも彼女の意思を第一に尊重しましたし、彼女の存在を不都合に思うかと思われたイヴァンジェリスタXI世も実際のところは彼女の存在でラテラーノは揺らぐことは無いと言い彼女の自由を認めます。
 多くの善意の元でセシリアは亡き母ときちんとお別れすることが出来て、父を探すための旅に出ることが出来ました。
 これは文句のつけようのないハッピーエンドなのですが、これらは基本的にラテラーノが豊かで余裕があるからこそであり、悲劇を対岸の火事として扱えるからこそだ、という指摘がアンドアインから出ているというのがある意味アークナイツらしさと言ったところであり、この作品にはどうしてもつきものである苦みのような要素だなと思います。

 ですが、このシナリオの素晴らしいところはこのテーマに対してきちんと向き合って乗り越えて、悲劇を対岸の火事として処理せずに、きちんと向き合って自分のものとして背負おうとしたエゼルが居るからこそだと思うんですよね。
 このシナリオにおいてエゼルはセシリアの境遇を知り、彼女を助けるためにはどうするべきかと思い悩みます。
 最初は小さな親切心だったものがどんどんことが大きくなっていることに怯えて、一時は投げだすことすら考えます。
 しかし、それでも彼は少女に寄り添うことを選んで、最後には地上の楽園であるラテラーノから去り、少女とともに歩むことを選びます。
 その覚悟、その決意はこのシナリオにおいて大きな救済になりますし、それゆえに私はこのシナリオのことを素晴らしいと思うのです。

 今回のシナリオはある意味このゲームのプレイヤーに対する問いかけでもあるとも思います。
 結局のところ落ち着いてソーシャルゲームを遊べる環境に居る時点である程度豊かな環境に居るのは確かなわけであり、私たちは多くの悲劇を対岸の火事として見て見ぬふりをして過ごしています。
 エゼルのようにはなれなくても、せめてラテラーノの人々のように対岸の火事としか捉えられないなりに親切を為せる人としてありたいものですね。

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