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選択バイアスと疫学を伴う論文執筆の際のちょっとした注意点・・メモ

私たちは研究から得られた情報、市場調査、該当アンケートなどの情報をよく耳にします。あるいはそういった情報に基づいた二次的な情報によく触れます(e.g. アンケートに基づいた意見など)。そういった情報には予期しない偏り(バイアス)が潜んでいる恐れが常にあります。いろんなバイアスの原因があるのですが、「誰を対象にした調査なのか」に由来する「選択バイアス」(Selection Bias)についてここに記したいと思います。

このNoteを書いた動機は
・"What If"というDr. M Hernán と Dr. J Robinsの著した書籍をオンラインで勉強する機会(註1)
・次の事例を記しておきたいなという個人的な興味
・最下部に記載した医学論文に関する経験
が挙げられます。

選択バイアスの例

私が学んだ選択バイアスの例で印象に残っている例は次のようなものです(註2)。

一般的に身長と俊敏性とに関係があるって思いますか?一般の人の全体をみるとおそらくそんな強い関係はないですよね。背が低い人でも足が速い人もいれば遅い人もいます。そんな想定で次のような図を描いてみました。

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この図は、
・Y軸が垂直とび(平均50 cm、標準偏差10 cm)
・X軸が身長(平均170 cm、標準偏差10 cm)
としています(仮想の1000人)。そしてご覧のように2つの項目の関係は特にありません。このデータでの相関係数は0.00です。

では同じ相関をみるとしてバスケットボール選手に限定したらどうでしょうか?背が低い選手ってどんな選手でしょう。背が低くてもバスケットボールのプロとして活躍している人ってすごい俊敏性があると思いませんか?逆に背がすごく高ければ、俊敏性が乏しくても活躍してそうなイメージができます。次のような図になります。

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この図の濃い灰色の点がバスケットボールの選手と考えてください(300人ほど)。身長、垂直とびそれぞれが別々に10 cm高い人ほどバスケットボール選手になれる確率が約4倍というようにして打ち出したものです。

すでに青い線として描画してしまいましたが、バスケットボールのプロを限定して考えると、背が低い人ほど俊敏性が高い、背が高い人ほど俊敏性が低いという負の相関が生まれます。この図では相関係数が0.19です。

これは「誰を対象に調査するか」という「選択」が、ある集団では相関がない事柄についても相関を生んでしまう例です。一般人を対象にした検証がしたいにも関わらず、なぜかスポーツ選手を対象にした研究をしたとすると、「選択バイアス」により、予期しない結果を得てしまうかもしれないということです。そして無いはずの相関があるように見えてしまう例もあれば、ある相関が無いように見えてしまうこともあるでしょう。

いろんな調査でいろんな解析が行われます。その都度、選択バイアスの可能性を考慮して、「何を対象にしているのか」という点までも鋭く考えていきたいものです。

論文を書くとき、議論するときの注意事項

さて論文を書く際、読む際などの注意点を述べたいと思います。読んでくださった方のお役に立てばと思っています。

選択バイアスというと、「この調査結果が一般人に役立つかわからない」という、研究成果が一般人や研究対象外の人たちにもいえるかどうかというポイントのことのように解釈されがちです。「外的な妥当性」についてです。しかし、「選択バイアス」というと、上記のように実際には得られた結果にすらバイアスが生まれる可能性もあるのです。つまり「内的妥当性」にも影響を与えます。

気をつけたいですね。

実はとある論文の査読をした際に、この点が強く引っかかりました。論文の著者に「選択バイアスが疑われるため、的確に議論してください」という打診をしたのです。それに対し、その論文の著者は外的妥当性についてのみ議論して、内的妥当性には微塵の懸念も示さなかったのです。残念ですが、これでは知識や考察の浅さを曝しているだけという様になってしまいます。うっかりしてしまうことも多いと思いますが、そうした負の自己掲示は避けていきたいものです。

また気が向いたら、もっと実際の研究に関係しそうな具体例など書いてみようかな。

註1) @Shuntarooo3 さん、@vin_tea01 さん、どうも有難うございました。こんな場ですが、お礼申し上げます。

註2)この例は、Modern Epidemiologyという疫学書の著者のひとり(Dr. Timothy Lash)が口頭で挙げてくださったものです。彼自身の例ではないそうで、Dr. Charles Pooleという疫学界の大御所の方の例と述べておいででした。で、この例を文書にしている方がいるのかなと調べてみたところ、また別の有名な疫学者であるDr Maria Glymourが社会疫学の書籍である”Methods in Social Epidemiology”(2006)の16章で記載しておいででした。今は同書籍、第二版が出ているよう。

冒頭の写真はhttps://thewallpaper.co/より。


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