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【臨床疫学】アダプティブ試験の実例・・ビタミンDのサプリメントによる転倒に対する予防効果は示されず

太陽のビタミンと呼ばれるビタミンD。COVID19、コロナウイルスに対しても話題がつきません。ビタミンDについて様々な効果が仮説として検証されているのですが、特に骨格筋に対する効果は期待が大きいです。カルシウムの吸収を助ける働きがあり、欠乏すると「くる病」や骨粗しょう症といった病気の原因となることに由来しています。それに関連して、このNoteは次の研究に基づいた内容で記しました。

Appel et al., The Effects of Four Doses of Vitamin D Supplements on Falls in Older Adults: A Response-Adaptive, Randomized Clinical Trial, Annals Intern Med, Feb 2021

を簡単に要約しますと米国高齢者688人にビタミンDのサプリメント高量、低量とをランダムに割り当てて、2年の追跡期間中に転倒や入院、死亡に関するするリスクを比較した結果、ビタミンD高用量の群で予防効果は認められなかったという内容です。いくつかの有害事象については人数は少ないながら高用量群の方が低用量群と比較して有意に高いリスクが認められています。

ビタミンDのサプリメントが循環器系疾患などのリスクを減らすということは特に無さそう・・という知見が積み重なっていくなか、せめて骨格筋関係のアウトカムには効果があればと考えたいのですが、それも支持しない報告なのでした。他の多くの研究を含めて鑑みるべきところですが(註1…最下部)、現状では通常のサプリメントの使用と同様に医療機関の専門家の判断を仰いで決めるのがよいのでしょうね。

一般向けの内容についてはおいておいて、このNoteで主題にしたいのは研究デザインです。標題と論文タイトルにあるようにアダプティブ試験というデザインを採っています。

薬の効果を検証する学問領域を中心に、お金と時間のかかる検証の効率を高めようと臨床試験のデザインも発展を遂げています。その発展が栄養学研究にも浸透しつつあり、その流れが現れたのかなと勝手な印象を抱いています。アダプティブ試験については私が学生の頃には学ぶ機会のなかったもので力不足と思いますが、このNoteではその紹介をしたいと思います(・・独学の一部でここに整理してみまようかなという意です)。

アダプティブ試験の概要

アダプティブ(adaptive)というのは日本語で「適応力のある」「適応性の高い」といった意味になります。一般向けの癌情報を紹介する「オンコロ」には次のような紹介がありました。
アダプティブ試験とは臨床試験の途中で、蓄積されているデータに基づいて登録する患者さんの数などを変更することを予め決めている試験のことをいいます。通常、臨床試験は予め決めているルールを変更しませんが、そのことを可能にしています。

日本語での紹介でよく引用されているのはこちらの論文のようです。

小宮山靖ら.医薬品の臨床開発におけるアダプティブ・デザイ ン:米国研究製薬工業協会ワーキング・グループのエグ ゼクティブ・サマリー邦訳. 臨床薬理 2009;40(6): 303-310

英語の論文はこちらがいいかなと思います。

The Adaptive Platform Trials Coalition, Adaptive platform trials: definition, design, conduct and reporting considerations, Nat Rev Drug Recovery, 2019;18:797-807

これらの論文にあるようにアダプティブ試験にもいろいろな種類が考えられます。そのばらつきを考える簡易な例を次に示しました。

アダプティブ試験・・簡易な仮想例

アダプティブ試験とは簡単に述べると、介入試験の最中に解析を繰り返し、薬の用量や割り当てる群を変えていくというデザインです。

たとえば2つの薬剤(AとB)と1つの偽薬(C)の3つの群を組んだ介入試験をしたとしましょう。薬剤Bを割りあてられた群で重篤な副作用のリスクが有意に上昇したら、どうしますか?たとえば次のような選択肢が考えられます。

. その試験を中止にする
. そのB群への介入を中止しC群として追跡する
. そのB群への介入を中止しB群の参加者を再度、ランダム化してA群とC群とに割り当てる

さらに仮にこの試験に参加してもらう人数を600人と定めていた際、300人に参加してもらったときの中間解析で、上記のような状況になったら残り300人についてはどうしますか?たとえば次の選択肢が考えられます。

. 予定通り300人に参加してもらうとし、A群とC群とにランダムに割り当てる
. 確率的にB群に割り当てられる人は100人(300人の三分の一)であるが、B群はもう考慮しないのであと200人に参加してもらうとし、A群とC群とにランダムに割り当てる
. 前の3つの選択肢の判断に基づいてA群とC群との比較を行うために、サンプルサイズを再計算、それに基づいて人数を決めA群とC群とを比較するランダム化試験を継続する

検証したい仮説や規模によっては研究への参加者を集うだけでも何年間も掛かるものもあるでしょう。それを考えると、すでに参加して、ある一定期間、追跡の済んでいる人で「中間報告」的な解析をして(interim analysis)デザインを修正していくのは考えてみれば検討して然るべき戦略だなと思います。

そして効果検証への効率化という科学と研究者への利点のみならず、研究参加者にとっても有益といえるでしょう。より効果の期待できる、あるいは副作用の少ない試験へと修正が進んでいくわけですから。

Appel et al.によるビタミンDに関するアダプティブ試験

Appel et al.の論文にはResponse-adaptive 試験とあり、臨床薬理の論文の表記に従えば”アダプティブ用量検索デザイン”と考えることができます(アダプティブに充てる和訳は無いようです)。

Appel et al.の研究ではどのようなデザインが採られていたのでしょうか。簡略化して示すと次のようなデザインを採っています。「適応」させている内容が鍵ですね。

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4つの用量の比較になるのですが、1つが低用量群が対照群/コントロールとして設定され、3つの高用量群が介入群として設けられました。そして、3つの高用量群について中間的な解析が行われ3つのうちどの群を高用量群として試験するのがもっとも臨床的な意義が高いのか解析が行われました(図の赤い部分)。そしてその群に高用量群を統一し、追跡を終えるという戦略が採られたわけです。追跡中、あるいは追跡後に検証できる内容は、たとえば次の図で示した3つのA、B、Cで囲った複数群での比較が考えられます。

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著者らはBの解析をメインにする予定を組んでいたようですが、追跡過程でCの解析をメインのものとして設定したようです(「最適と推定された高用量群と低用量群とで比較する」というプラン)。比較AとBは副次的な解析として行われました。そしてその解析をした結果、以下のような結果が主要のものとして報告されました。

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発生率比0.94でその95%信頼区間は0.76~1.15というわけですね。この結果を基にメッセージとしてビタミンDの高用量摂取の効果は確認されなかったと報告されました。

おしまい・・ベイズ統計と感想

アダプティブ試験において用いられる統計解析方法はベイズ統計に基づいたものです。ある時点までの結果を事前確率(Prior)として考え、その後(Posterior)の反応を確率的に予想して研究デザインをAdapt(適応)させていくことになります。ベイズ統計の論文や方法論では基本的な"Burn in"、"posterior probability"といった用語の理解があるのとないのでは論文の読みやすさが大分違いそうだなという印象でした。

幸い私が籍を置くケンブリッジ大学にはベイズ統計に触れる機会が豊富で、その恩恵を私もわずかながら受けていたので良いイメージを持って読むことができました。ベイズ統計解析の応用を学ぶ機会ともなってよかったです。

比較的新しい研究デザインにはなかなか触れる機会がないので、自分にとっても学びの多い論文でした。このNoteを読んでくださった方にも参考になれば幸いです。ここまで読んでくださって有難うございました。

註1. たとえば下記など。
LeBoff et al., VITamin D and OmegA-3 TriaL (VITAL): Effects of Vitamin D Supplements on Risk of Falls in the US Population, J Clin Endocrinol Metab, 2020;105(9):2929-2938
Bischoff-Ferrari et al., Fall prevention with supplemental and active forms of vitamin D: a meta-analysis of randomised controlled trials, BMJ, 2009;339:b3692

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