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劇場版アイカツスターズ!が果たして劇場版同性愛なのか検証してみた

劇場版アイカツスターズ!劇場版が劇場版同性愛とツイッターなどのネット上で言われ、監督がゆめとローラは同性愛者ではないという声明を発した。
果たしてどうだろうか?

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謝罪 先日のツイートで『ゆめロラ』と意味もわからず…二人は同性愛者的な表記をしてしまいました。 誤解を招くような表記をしてしまい申し訳ありません。不快に思われた方もいらっしゃるかと思います。深く反省しております。 二人はそのような関係ではありません。 ツイートも削除致しました。
https://twitter.com/teruosatou/status/769009544282243072
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筆者は劇場版アイカツスターズ!の感想を書いてなかったので、検証を兼ねてもう一度見に行った。


-劇場版アイカツスターズ!は劇場版同性愛ではない 年齢から


劇場版アイカツスターズ!が前作アイカツ!と一線を画すところは中学1年生の夏休みを描いている所だ。
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話を戻しまして、ここで学園長がローラに伝えた計画によって、「ゆめにとって一番良い選択は何か」をローラは考えることになります。そして、ローラの中では「ゆめのためを思って」選んだ選択肢を言葉足らずに伝えてしまったことで、すれ違いが発生していったわけです。

この辺りが中学1年生らしさというか、自分ではよく考えた上での結論だけど全然正解じゃないんだよ~~~!!!という感じが出ていて良いですね。


ローラは自分の本当に求めている選択をしているわけではないので、ゆめと組まない理由付けが実に雑というか、苦し紛れに何か言おうとして言っちゃいけない地雷を踏んで泥沼化していく、この流れが何とも自然に展開しており見事だなと。

そりゃね、ゆめちゃんにしてみれば青天の霹靂で「意味わかんない!」「何なのそれ!?」みたいな言葉しか出てきませんよ。


この一連の流れにおいて、「学園長にされた話をローラがゆめに伝えていたらこんなことにならなかったんじゃないか」という考えも出てきますが、アイドル学校入って4ヶ月程度しか経っていない状態で学園長に他言無用の話をされたら流石にねえ……
http://leather770.hatenablog.com/entry/2016/08/16/021336
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ゆめとローラがケンカしてつかみ合いになって、ローラのネックレスをちぎってしまって、仲直りしてネックレスを二人のブレスレットに作り直して同じステージに出演するっていう話なんですけど。

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とにかく、ちぎれたブレスレットを作り直して二人の仲直りを強調するために、ネックレスは絶対ちぎられなくてはならない!という映画の構成なので柿原優子さんの脚本上の要請がすごくあるんですが。
かなり強引な描写というか、虹野ゆめがローラにつかみかかるのはかなりやんちゃというか、ガキっぽい。


中学1年生と言うか幼稚園児レベルだ。
(アイカツ!は僕のようなアイカツおじさんも見ているが、本来は女性小学生や幼稚園児や幼児を対象にしているので幼い子にも理解できるようにしているのだが)


学園長から「ローラを真昼と組ませて、ゆめはひめと組ませる(これは嘘)」と言う話を聞かされたローラだが、ゆめに「その方がいい」「知らない方がいいこともある!」とか言うのだが、学園長との話を言えないこと以上に、語彙力が乏しい中学生と言うか子供っていう感じがする。
「これがあなたのためなの」「知らない方がいいこともある」ってローラはあんまり意味を深く考えずに言っているように聞こえた。
「学園長の大人の都合の話をされたから、自分も無理して大人が使いそうな言葉を使う」というような。
ローラは努力家だし大人びたところがあるんだけど、大人っぽい(大人の中で実際に仕事をしている)香澄夜空・真昼姉妹とは違って「背伸びしてる女児」という感じがある。ここら辺の中学1年生の成長具合の個人差のバラバラ具合が実に中学1年生って感じがする。


そのローラの「ゆめじゃなくて真昼と組んでオーディションを受ける」との発言を受けたゆめも「なにそれ!意味わかんない!」「他の人とペアを組んだらいいじゃない!」って掴みかかってネックレスをちぎる。
キャットファイトっていうか、もう、幼女のケンカですよ。すごく軽率に手を出して、それをマスコミにすっぱ抜かれる。


ここがねえ、アイカツスターズ!らしさだと思うんですよ。
放送局や企画の都合で初代アイカツ!は2012年10月から始まった。なので、主人公の星宮いちごと霧矢あおいはスターライト学園に編入と言う形で入学した。中学1年生の夏休みは今までのアイカツ!ではあまり描かれていなかった。
大空あかりの第96~97話でのアイカツブートキャンプ夏期講習はあかりを指導する先生とかいちごと言う感じであり、感動的で重要なエピソードだが、あんまり中学1年生の初めての夏休みという感じではなかった。


なので、アイカツスターズ!を前作のアイカツ!と差別化する上で「プロの芸能人になり切れてない中1」とか「幼さ」とか「中学生になって初めての夏休み」を描くのはとても有効でもある。



-女子中学生の体の絵柄に見る年齢描写


そういうわけで、アイドル中学生のひと夏の経験で水着なのですが。


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女子中学生アニメソムリエの諸君、この水着についてどう感じられただろうか?
私はちょっとアイドルとか目指しちゃう容姿とかに自信のある女の子にしては尖ってないというかイモいと思った。
ハイライズすぎるやろ!

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小学生は最高だ!で有名な女子小学生を描いたロウきゅーぶ!の水着回はこれやぞ!


オーケー


そりゃ、ファミリー層向けで親御さんも一緒に見る健全夕方アニメの劇場版だから性的に感じさせる描写はNGです。
それはナボコフのロリータを愛読している小生も認識している。


しかし、この水着は幼過ぎると思う。


じゃあ、それが「性的表現を排除しているだけの表現」かというと、そうじゃないと思う。


アイカツ!はアニメージュに掲載されたキャラクターデザイン設定資料にも指定があったように、「モデル体型ですが、胸はありません」というスタンスだ。

女児アニメの乳房表現はまた難しい問題なのだが。プリキュアとか。


それはそれとして、アイカツスターズ!の水着が幼いのはただただ「子供向けアニメだから子供っぽくセクシーさを排除して描く」というだけではない。(まあ、ゲーム原作からセクシーっていうブランドがあるんですが)


ケンカのシーンのゆめとローラの頭身は他のシーンに比べても明らかに低く、精神的な幼さを強調している。


女児に熱い視線を注ぐアニメファンのキモ・ヲタとしてはここくらいまでは読み取りたいところ。

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キービジュアルがこれ。
アイドルモードの時のゆめとローラは手足が長くスラーっとしている。乳房はないものの、脚線とか腰の括れを強調している。
アイカツ!におけるゲームとも共通する「大人っぽいアイドルに憧れる女児の成長欲求」に訴求する要素だ。

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アイドルではなく日常シーンでのケンカしたり仲良ししたりするシーンは、もっと寸胴で短足、首が太く二の腕もぷにぷにしてて幼児っぽく描かれている。
(アドカツでの探検服の七倉小春と早乙女あこが少年のように細い手足の体系に描かれているのも注目ポイントだ)



-劇場版同性愛は同性愛でないのではないか?

スタジオジブリの高畑勲監督の名作アニメで育った世代のアニメファンとしては、「アイカツスターズ!の夏休みはまだ第二次性徴が来てないんじゃないか?」という論を提示したい。
中学2年生なら性的成長があってもしかたがないんですが、中学1年生の夏休みはまだ小学生の延長なのではないか?
事実、今回劇場版の画面にもでかでかと表示される虹野ゆめのプロフィールにも「小学生時代のバレーボール部で培った経験が」と学園長のシーンで出るのだが。
小学生時代のバレーボールとか、大人になってから見るとほとんど遊びみたいなものなんだが、中学1年生の夏休みだと、「ぼくらの」とか、小学校の頃の部活はアイデンティティの核として重要視されたりする。
なので、劇場版アイカツスターズ!の時期の中学1年生の少女たちはアイドルという魅力を振りまく仕事を目指し始めているものの、やはり子供であろう。


我々アイカツおじさんが考えるべきは、そういう不安定な思春期前期の少女たちが仲良くしているのを見ていたずらに「劇場版同性愛!」とからかうのではなく、むしろそのような同性愛と異性愛がまだ未分化だった時期の「ひと夏」の成長はもっとこう、尊い大事なものとしてそっと愛でる態度なのではないだろうか。
いや、もちろんアニメはいろんな楽しみ方ができるし、おじさんとしても女子中高生がくっついていたり仲良くしているのを見ると心が温かくなるので百合にキャッキャウフフするのもそれはそれでたのしい。まっPのレガリアとか。


それで、ゆめとローラがブレスレットを分け合ったり同じジュースを飲んだりペアルックをしたりくっつきあったり一緒に寝たり歌ったりするのは、むしろ同性愛というよりも思春期前期に現れる「チャムシップ」なのではないかと思う。


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