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「ナースローグ」
好きな作家に開高 健がいる。もう亡くなっているので正確には「いた」だ。彼のことを初めて知ったのはドラマ「北の国から」。ドラマの中で児島みゆき演じる"こごみ"の愛読書が開高 健の本という設定だった。
開高健はベトナム,中近東,アフリカなどの紛争に記者として従軍したのだけれど、ある日「どこに行って,どこの戦争の記事を書いても結局,同じ言葉の繰り替えしに過ぎないじゃないか」と感じ、ベトナム戦争時代の従軍経験を元に「闇」をテーマとした一連作品の執筆を終えると、それ以後戦争をテーマにした執筆活動をやめてしまう。
彼が"戦争"に代わるテーマとして選んだのは”釣り”だった.従軍で荒んだ彼の心をいやしたのは河と森だったのだ。
彼曰く「戦争というテーマが釣りに変わっただけ,戦場が森や河にかわっただけ,共通するのは現場主義」という言葉通り、それこそ世界中の魚を釣り歩き,そして書きまくり、飲んで食べて眠ってまた釣るということを繰り返していた。
そんな開高が釣りを通して愛した地のひとつにアラスカがある。アラスカにある原生の森は,びっしりと苔に覆われていて地面がむき出しになっているところがなく、いたるところに朽ち果てた風倒木がある。風倒木には苔が生え,新しい木々の苗床になっている。ちょうど宮崎 駿の「ナウシカ」で死んだオームの亡骸が新しい腐海の苗床になるようにだ.
この風倒木のことを英語で「ナースログ」(Nerse Log)という。ログなのだが、開高はロ~グと伸ばして発音をしていたので自分もそう発音している。
人間からみれば,ナースローグは一見何の役に立っていない”ただの倒れて腐った木”に見える.しかし,風倒木は自らの身体に苔を生やして森の表土を守り,自らの身体を食し分解するバクテリアを呼び,バクテリアを食べる小虫を呼び,さらにそれを食べる小鳥を呼び,というように食物連鎖の一翼を担い,新しい森の苗床になり森を守っている。だから森を看護する木「ナースローグ」と呼ばれているのだ。
人間から見れば,一見なんの役にも立っていないただの風倒木だが,自然のなかのすべての要素と密接に関わり合い、実は非常に重要な役割を果たしているのだ。
開高は,そのナースローグを例に挙げ「自然のなかに無駄なものは一切ない.一見無駄に見えるものでも必ず何かの役に立っているんだ」と言う.
人間も自然の一部だ。
それでは人間(人生)にとっての”ナースローグ”とは一体なんなのだろう。
風倒木のように、一見無駄なものに見えても、実は何かの役に立っているというものというのがあるのではないだろうか。
”自分では無駄だったと思っていること、人から「あんな無駄なことして~」と言われていることが実はナースローグとして人生の大きな役割りを果たし、いつかどこかで別のカタチで蘇っているかもしれない。ただそれに気が付いていないだけなのだ。だから無駄を恐れてはいけない、無駄を軽蔑してはいけない、なにが無駄でなにが無駄じゃないかはわからないのだから(文藝春秋ナンバービデオ「河は眠らない」より)。
そんなことを熱く語っていた開高 健は58歳で他界した。もうすぐその年齢になろうとしている。
さて、自分のナースローグは、なんだろうか?
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