潮風漂う夢物語

 夏が終わりを告げ、秋風が心地よい海沿いのとある街。海岸沿いにあるホテルのホールで街コンが開かれている。僕はそこにいた。主催をしている会社に勤めている友人から人数合わせのために出席して欲しいと懇願されたためである。つまり、サクラというやつである。
 料理は食べ放題だし、ただそこに居るだけで良く、謝礼も出すというので
喜んで了承したのだが、やたらと人は多いわ料理の味もイマイチだわですっかり疲れてしまい、開場の隅でクラッカーをつまみながら座っていた。
 見回してみると、どうやら既に良い雰囲気になりつつあるペアが何組かできているようだ。そうでない参加者達もグループに分かれ話に華を咲かせている。パサパサのクラッカーを食べきって、僕は席を立ち友人を探す。
 出入口付近でスタッフと相談している彼を見つけると、他の参加者にはわからないように耳打ちをする。

「結構盛り上がってるし、もう帰っていい?」
「おお、もう大丈夫だな。ありがとうな。これ、少ないけど」

 茶封筒を受け取り、そっと会場であるホールを出る。ロビーまで移動し、時計を見ると時刻は17時を回ったところだった。
昼食があまり進まなかったので、少し早いが夕食でも行こうか。幸い近い所にお気に入りの店がある。たしかもう開いているはずだ。
 では行くかとホテルを出ようとすると、後ろから声が聞こえてきた。

「は~、ハズレだったな~」
「そうですね~。あまり良いお話もできませんでした」
「ご飯も美味しくなかった」
「それ!ないわ~。イマイチにも程があるっての」

 どうやら街コン参加者の女性たちのようだった。しかし、あまり芳しい評価ではないようだ。気持ちはよくわかる。僕も同じだ。

「ちょっとあんた。何?」

 うんうんと頷いていると、声をかけられた。驚いて目を向けると、明らかに不審なものを見る目で3人の女性たちが睨んでいた。

「あ、いや。街コン参加してたんだよね?」
「そうだけど。もしかしてあんたも?」
「うん。僕も料理美味しくないな~と思って抜け出してきちゃったから」
「ふ~ん」
「それじゃ僕は…」

 これは早く退散したほうが良さそうだと思い切り出すと、グゥゥと盛大な腹の虫の鳴き声が聞こえた。
 目の前にいる綺麗な金髪の女性がはっとお腹を抑え顔を真っ赤にしてこちらをにらむ。後ろにいる連れの女性2名も聞こえたのだろう、ケラケラと笑っている。

「あの、良かったら近くに美味しいお店あるんだけど、一緒にどうかな?」
「何それ!このタイミングでナンパとか!しかも食べ物で釣るとか!」
「いやいや、ナンパとかじゃなくて。なんというか、お詫びみたいな」

「お詫び?お腹の音聞いたから?」
 後ろにいたボーイッシュな短髪黒髪の子が割って入ってきた。

「ちょっと!変な事言ってんじゃないよ!」
「ごめんごめん!ねぇ、お兄さん。どんなお店なの?」
「えっと、居酒屋だけど」
「美味しいの?」
「うん。チェーンじゃなくて個人のお店で、量も多いし味もいいよ」
「へ~、奢り?」
「え!?」
「乙女のお腹の音聞いたお詫びで?」
「ええ!?」

 2人に攻め立てられ、思わず懐にいれた封筒に手をやる。中身はまだ見ていない。さすがに一葉さん1人くらいは入っていてくれるだろうが…。
 そうしていると、カチューシャを付けた女性が2人をなだめてくれた。

「ちょっとちょっと、2人とも。困ってるじゃないですか。すみません、2人たら強引で」
「あはは。いや、僕が言い出しっぺでもあるから…」
「全額は大変ですよね。半分でどうですか?」
「え…。はい…」

 結局それで手を打つ事になり、引きずられるように店へと向かった。

 注文した料理が届くまでの間、今日の街コンの話になり、つい自分がサクラであることを話してしまった。なんせ1度に3人もの女性と食事に来たことなど今まで1度もないのだ。話す話題なんてあるわけないじゃないか。
 すまんな、わが友。君の犠牲のおかげで、僕は今人生で初めてハーレムを経験しているよ。
 
「へ~、男のサクラなんているんだ。知らなかった」
「男性の参加者を多くしないと女性の参加者が集まらないのに、最近は男性の参加者が減ってるんだって言ってたね」
「草食系ってやつかな?お兄さんもそれっぽいけど」
「はは、図星かな。まぁ積極的ではないね」
「もう、さっきから失礼ですよ。ごめんなさい」
「大丈夫大丈夫」
「失礼ついでにさ、バイト代って幾らくらいもらえるもんなの?」
「え?いや、僕も初めてだったからよくわからないなぁ」
「え~、そうなんだ。じゃあ今日はいくらだったの?」
「えーっと。ちょっと待ってね…」

 バイトも彼女達とも、これっきりだと思うし、金額を知られても特に問題はないだろうと思い、懐をまさぐり茶封筒を取り出そうとしたところに注文した料理が運ばれてきた。

お待たせしました~。生3つとハイボール2つ。唐揚げにフライドポテト、焼き鳥盛り合わせと刺身盛り合わせにシーザースサラダになります~

 ドカドカとテーブルに置かれていく。4人掛けのテーブルは一瞬で料理と酒で埋め尽くされた。

「きたー!」
「テンション上がりすぎでしょ!」
「はーい、小皿とお箸ですよ~」
「じゃあとりあえず、お疲れ様でしたという事で。乾杯!」

乾杯!

 ビールを一気に流し込む。お堅い場で飲んだシャンペンよりも居酒屋で飲むビールのほうがずっと美味い。彼女達も同じなのだろう、三人とも美味しそうに喉を鳴らしている。金髪の子はほぼ一息で飲み干してしまったくらいだ。

「そういえば、自己紹介してなかったね。僕は○○」
それに応え彼女達も自己紹介をする。僕の隣に座っている金髪の子がマヤ。
正面のショートカットの子がユキノ。ユキノの隣に座っているカチューシャの子が撫子。改めて見ても皆とても美人だ。

「ん~、どうした~?美人3人に囲まれてバグったか~?」
僕の顔を覗き込みながらマヤがからかってくる。2杯目のビールはもう半分近く減っている。
「いや、これはもしや今日の帰りにトラックにでも轢かれるんじゃないかと思って…」
「うは、何それ。怖いわ!」
「それで目が覚めるとファンタジーな世界でっていう」
「異世界転生ものかーい!」
素早い返しをしてくるあたりから察するに彼女はとても話上手だし、見た目に反して意外とオタクトークも得意なのだろうか。街コンの会場で彼女と話ができていればいい雰囲気になれただろうか?いや、他の男が放っておかないだろう。

「ぷはぁ!異世界転生か~。本当にあったら面白いよね~」
 ハイボールを飲み干したユキノが会話に参加する。2つのジョッキは両方とも空になっている。凄いペースだ。また2杯頼んでるし。

「でも最近その手の作品が多すぎて拾いきれないんですよね~」
 料理を小皿に移しユキノに渡しながら撫子が言う。僕は、確かにと頷きアニメや漫画における流行の話をし始めた。すぐにディープな話をしてしまったことを後悔したが、意外にも3人ともすんなりついてきた。それどころか僕よりも詳しいところもあるくらいだった。人は見た目に寄らないとはこのことだろうか。


 小一時間程話が盛り上がったところで、話は今日の街コンに変わった。
それ程不満なのかと思ったが、どうやらサクラの話に興味があるらしく、
3人が尋ねてきた。

「ねぇ、さっきの話に戻るけどさ。サクラって何するの?」
「そうそう、気になる~。何か決まった仕事とかある?」
「お相手の女性といい雰囲気になったらどうするんです?NG?」

「えーっとね、本当はサクラっ言っちゃいけないんだよね。当然だけど。
 それ以外は特に何も言われなかったよ。誰かと上手くいったら言ったでい
 いし、いかなくてもバイト代はだすからって。ただ場が盛り上がらなかっ
 たら手伝ってくれって言われてたね。ゲームとかで参加者いなかったら手
 上げたり皆を誘ってくれって。それくらいかなぁ」

「へ~。それでバイト代出るなんていいな~。やりたいな~」
「聞いてみようか?定期的に主催するらしいから」
「マジ!?うわ~、どうしようかな~。どうする?」
「条件次第ですね…」
「ご飯が美味しければ…」
「じゃあとりあえずLINE交換しとこうか」
「皆結構乗り気なんだね」
「んー。まぁ正直なところまだ結婚とか興味ないしね。今日だって社会勉強
 みたいな感じで参加したところあるからね」
「なるほど…」
「キミはどうなの?バイト代のためだけに参加したわけ?」
「え、僕かぁ。やっぱり半々かなぁ。何時までも独り身は寂しいし、出会い
 があるならとは考えるよね」
「わかる~。積極的ではないけど、諦めてるわけでもないのよね」
「そろそろ親もうるさくなってきますしね…」
そう言って撫子が遠い目をしてあらぬ方向を見ている。きっと何かあったのだろう。そっとしておこう…。

 さらに時間は経ち、あまり広くはない店内は酔客で満席。どこのテーブルも盛り上がっている。僕らのテーブルも大分酒が入りよくわからない話で笑い転げている。

 生2つ、モスコミュール。マリブコークです。それと揚げ出し豆腐と手羽先に塩ヤキソバと焼きおにぎりになります~。

「キタキタキタキタ!」
「一番のやつ!私でーす!」
「はーい、生2つを潜影蛇手~」
「うははは!でたー!炭水化物とお肉で優勝するやつだ!」
「もうわけがわからないよ!」

 自分でも大分酔いが回ってきてるのは自覚しているのだが、場の雰囲気が楽しくてつい飲んでしまう。そろそろセーブしないと帰れなくなってしまいそうだ。飲み会に参加なんて殆どしないけど、これだけ楽しければ毎回喜んで参加するのに。などと考えていると前の二人が怪しい雰囲気を醸し出していた。

「う~ん。シコ~。眠くなってきちゃったよぉ~」
「ちょっとユキノくん。こんな所でシコ呼びはやめて欲しっ…おうふ」
「ほらほら、2人ともよしなさい!」

ユキノに体をまさぐられ始めた撫子が奇妙な声をあげた。二人とも大分酔っているようだ。おいおい、大丈夫かこれ。心配しているとマヤが止めにはいった。特に焦る様子も見られないあたりこの3人では毎度の事なのだろう。

「やれやれ、そろそろお開きにしとこうかね」
「はは、そうだね。2人とも寝ちゃいそうだ」

 レシートを見る。4人でしこたま飲み食いして1万円程度なのだからこの店がいかにありがたい存在かがわかるだろう。さて支払いをと思い茶封筒の中身を見ると、英世さんが3人顔をのぞかせていた。
 ああ、わが友よ。君から懇願されて引き受けたのにこの額とは殺生な…。
とはいえ支払いの足しには十分だ。支払いを済ませ、千鳥足の2人を連れ店を出た。マヤはまったく余裕の表情だ。ザルとはこういう人の事を言うのだろうか。

「いやぁ、結局奢ってもらっちゃってて悪いねー!」
「いいよいいよ。楽しかったし、安かったでしょ?」
「うん。料理も美味しかったし、ここは覚えておいて損はないね」

 駅に向かって歩き出したはいいが、ユキノと撫子の足元がおぼつかない。
100m程は進んだだろうか、とうとうユキノが座り込んでしまった。

「もう歩けない~」
「も~、飲みすぎだっての~」
マヤが手を引っ張りユキノを起こそうとするが、当のユキノはまったくその気がないようで、とうとう道端に寝転んでしまった。

「コラ!こんなとこで寝ないの!」
「だって~歩けないもん~」

 まるで親子のようだ。二人のやり取りを微笑ましく眺めていると、息があがったマヤに声をかけられた。

「ちょっと!ぼけっと見てないで手伝いなさい!」
「ああ、はいはい」

両脇を抱えてどうにかユキノを立たせるが、やはり歩く気はないようだ。
痺れをきらしたマヤが僕に命令する。

「面倒くさいなもう!キミ!ユキノくんおぶって!」
「ええ!?」
「いいから!男の子でしょ!」
「おやおやぁ、思わぬラッキーですねぇ~」

 左右に揺れながらヘラヘラと笑い撫子がからかう。

「やった~。おんぶして~」
 ユキノが覆いかぶさってくる。慌てて背中で受け止め、バランスをとりながらどうにか背負い、また駅へと向かい歩き出す。女の子って軽いんだな。
それに細い。

「駅の近くにホテル取ってるからさ、そこまでお願いね」
うつ向きながらなんとか歩いている撫子の手を引きながらマヤが言う。

「はいはい」
「なんていうかさ、今日は付き合ってくれてありがとね」
「どういたしまして。というか誘ったのは僕だけどね」
「あはは、そうだっけ」

 飲食店の立ち並ぶ通りを抜けると、急に静かになる。遠くに喧噪を聴きながら歩く。近くに聞こえるのは僕たち3人の足音だけだ。

「あたし達さ」
「うん」
「大学で一緒になってね。それからずっと一緒に遊んできたんだけど、就職するとさ、3人揃ってって中々難しくなってさ」
「わかるよ」
「うん。今日は久々に3人揃うから、何かいつもと違う事しようと思ったのね。それで街コンに参加してみたのよ。3人とも興味あったしね」
「そうなんだ」
「言い出しっぺはあたしなんだけどね。多分2人はあたしに付き合ってくれたのかな~って」
「そっか。いい友達だね」

 マヤが歩みを緩める。僕と並んで歩く。

「うん。だから、付き合ってくれた街コンがガッカリだったから申し訳ないな~って思ってたんだけど、キミがナンパしてきてくれてちょっとはプラスになったかなって」
「ナンパじゃないし!しかもちょっとって!あんなに楽しく飲み食いしといて!?」
「アハハ!ごめんごめん。でも楽しかったのはホントだよ」

 振り向いて笑顔を見せるマヤ。上気した頬のせいか、とても色気のある表情に見える。僕の鼓動が早くなったのは、決して飲み過ぎたせいではない。
今僕の横に並んで歩く美しい女性の笑顔にときめいているせいだ。
鼓動はさらに早く大きくなっている。まるで心臓がふたつになったかのようだ。僕は勇気を振り絞ってマヤに話しかけた。

「あのさ」
「うん」
「良かったら今度…」
「もう無理!ごめん!!」
「え!?」

 僕の決死の言葉を遮ったのは、背中におぼったユキノであった。
驚いて振り向くと、口をパンパンに膨らませたユキノが…。

マヤの悲鳴

首筋から服の中に滑り込む生暖かいぬめりけのある液体

崩れ落ちる僕

平謝りのユキノ

慌てふためく撫子


 そして今僕は、公園の水道で一張羅のジャケットとTシャツについている吐しゃ物を洗い落としている。これは帰ったらあらためてクリーニングに出さなきゃいけないな。それより、彼女達は無事ホテルに戻っている事だろうか。と考えるのはいささかお人好しが過ぎるだろうか。
 服を絞り、コンビニで買ってきてもらったタオルで水分をよく吹きとる。
とりあえず臭いはしない。と思う。ずぶ濡れの服で電車に乗るのは恥ずかしいが、どうせすぐ降りるんだし構うものか。

濡れたTシャツに袖を通し、濡れたジャケットをその上に羽織る。
まだ冷え込みがきつくなる前でよかった。
駅へと歩き出したところに、LINEの通知音がなる。友人からだろうか。
 スマホを取り出して確認すると、mayaの文字が目に入った。
驚いてタップすると、そこには

今日はありがとう。今度またどっか遊びに行こっか?

 僕は飛び上がる程喜んだ。いや、実際少しジャンプした。

                       勿論!

 急いで返信する。すると…。

次は遊園地にでも行きましょうか?

いいね!お化け屋敷は勘弁だけど!

じゃあ富士急とか?

いいね~!

いいですね~!

 どうやらグループになっていたようだ。そういえばサクラのバイトの話になったときにLINEを交換して作った気がする。やれやれ、期待しすぎてはいけないな、あんな綺麗な子達と知り合いになれただけラッキーだと思わなければ。

 自分に言い聞かせていると、通知音。mayaからの個別トークだった。

2人きりでもOKだよ?

今度こそ僕は力の限り飛び上がった。




あとがきのようなもの

 みなさんこんにちは。ぬぽきちです。
珍しくあとがきを付けてみます。オタクっぽくていいですよね。
今回は、先日見た夢を元にしたお話を書いてみました。実際みた夢の中の登場人物は、マヤたそ、うーたま、柚希ちゃんだったのですが、どうせならマチュリップのほうが設定に合うかなと思って変えてみた次第です。
 今までに推しが夢に出てきた事は何度かあるのですが、今回のようにお話の元にできるようなストーリーになっているものは極めて稀ですし、それ故にわりと記憶していたので今回書くことができました。
 特に大きな盛り上がりもないお話ではありますが、日常系が好きな自分としては、割と満足した出来になって嬉しいです。これからは夢に推しが出たらメモを残しておこうかな…。
 毎度拙い出来ではございますが、お読み頂きありがとうございました。
ジェムカンはいいぞ!


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