日記:耳を塞ぐ
少し早く起きたので(とはいっても自分の生活の中でという話であり、平均的な平日の起床時間からしてみれば遅いほうではあるけれど)、やや眠い。今日はカフェインの力を借りることになる気がする。
昨日、目が覚めたら、枕元で充電していたはずのAirPodsが床に落下しており、ケースを開いても中身が空になっていた。これはおそらく、落下した拍子にケースが開き、そのまま中身が飛び出していってしまったのだと思う。今までも何度か経験があったのだけれど、寝ている間に落ちているのははじめてで、だからAirPodsがどの方向へと飛んでいったのかが見当もつかない。とりあえず懸命な捜索により片耳だけは発見できたのだけれど、もう一方が見当たらない。片耳だけで音楽を聴いたり動画を見たりするのもなんだか居心地が悪いので、いつもはイヤホンで耳を塞いでいる電車の中も、今日ばかりかは何に遮られることもなく流れるアナウンスに耳を澄ましている。
昔は、イヤホンをせずに電車に乗るのが怖かった。お気に入りの音楽で自らを守っていないと、現実の濁流に飲み込まれてしまいそうな気がしたからだ。多分、電車の中で聞こえてくる雑談が無性に自分を攻撃しているような錯覚があって、心を守る鎧として、好きな音楽を持ち運んでいたのだと思う。一度そう思ってしまったら、なかなかその習慣を切り離すことができなくて、「電車に乗ったらイヤホンをしなければならない」と半ば強迫観念めいた思い込みがずっと心に染みついていた。
ある日、使っていたイヤホンが片耳だけ聞こえなくなって、そろそろ買い換えようかなと思っていた矢先、AirPods Proが発売された。カナル型で完全独立のワイヤレスイヤホンを探していたところだったからちょうど良かったのだけれど、発売直後はその人気からなかなか在庫がなかった。Apple Storeにも足を運んだけれど、入荷はまだ先であると言われて、とりあえずオンラインで注文して届くのを待つことにした。
注文の品が届くまで、片耳が聞こえないイヤホンを使うわけにもいかないので、しばらくイヤホンのない生活を送ることにした。久しぶりに耳を遮らず電車に乗る瞬間は些か緊張が走ったが、それでも乗ってみるとなんてことはなかった。自分の精神状態に変化があったのか、そのとき乗った電車は通勤ラッシュ時であったので周囲の雑談が聞こえてくることはなかったからなのか、理由はどうあれ、その時から自分の心の中の呪いのようなものは消えてくれたようだった。今でも時折、周りの声を気にしてしまうときはあるけれど、それもまた世界の一部なのだと、そう思いながら電車に乗っている。
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