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日記:空が見えたと思った

衝動が背中を蹴飛ばして、気付けば特急列車に乗り込んでいた。


ネモフィラが咲いているらしい。そんな情報がTwitterのタイムラインに流れてきたのは昨日のことだった。

SNS全盛の時代において写真映えするスポットの情報はよく目にするようになったけれど、そんな流れで国営ひたち海浜公園のネモフィラのことを知ったのは数年前のことだったと思う。数万のRTを経て流れてくるツイートに付されている写真をみると、そこには確かにこの世のものとは思えぬ光景が広がっていた。いつかこの場所に行ってみたい。そんな憧憬を抱き続けたまま、結局行動には起こさずに過ぎゆく春を何度も見送った。

そんな折に、ひたち海浜公園がネモフィラの開花情報を知らせるツイートを目にした。ちょうど明日は休みをとっていた。偶然がもたらした幸運なタイミング。ネモフィラを見に行きたい。そんな欲望がふつふつと湧き上がっていた。

みはらしの丘のネモフィラは現在「5分咲き」で、4月10日頃に「見頃(7分咲き)」、4月16日頃に「見頃」を迎えると予想しています。

開花予想をみると、今はまだ5分咲きのようである。しかし自分の性格から、見頃になるであろう時期に休みを取得して赴くというステップを踏むことはできないと考えた。何かを先延ばしにすると、結局諦めてしまうことが多かったからだ。そして休日は恐らく混雑するであろう。人混みはあまり好かない。だから、見にいくのなら自分にはこのタイミングしかないと思った。


翌日、最寄駅からの電車に揺られながら、ひたちなかまでの特急列車のチケットを取得する。

そういえば、前もこんな感じの思いつきで18きっぷの旅に出た。

このとき無計画な旅を強行してしまった反省で、衝動で旅に出ることはやめようとか思っていたのに何も変わっていない。ずっとこのまま、反省を次に活かせないで生きていくのだろうか。もう変われない年齢になってしまったのかもしれない。


品川で特急列車に乗り換える。青春18きっぷの遅々として進まない鈍行の旅と比べて、特急列車の旅はスムーズだ。目的地まで1時間半ほど掛かるのに、停車駅は4つほどしかない。目的地が決まっていて、共連れの人間もいないのなら、移動時間は短い方が好ましい気がする。ゆっくりとした旅も嫌いではないのだけれど。

とはいえ移動時間は手持ち無沙汰になってしまう。スマホを操作すればいくらでもやることはあるのだけれど、折角の特急列車なのだからこれを楽しんでみたいような気もする。

というわけで、車窓を流れていく景色を、過ぎていく街の営みに想いを馳せてみる。この中に、もしかしたら本当の幸福があるんじゃないか。自分が今の場所ではなく、この街で暮らしていたら、今よりも幸せだったのではないか。本当の幸福とか、真実の愛とか、そういうものが車窓から見える景色の何処かにあるんじゃないかと信じてしまう。その信仰は年を経るごとに現実の重力に負けて薄れていき、羨望だったり妬みだったり、そんな暗く刺々しい感情へと変化していく。そうならないように生きていきたい。現実の強度を上げたり、或いは幸福な他人を見ないようにしたり。

旅に出ると、幾らか現実の諸問題は麻痺してくれる。でもそれは単なる先延ばしに過ぎないような気がして、やっぱり心を暗くしていく。もっと楽しめればいいのにな。


そんな感じで、国営ひたち海浜公園に近い、勝田駅に到着した。路線バスがあるとのことだったが、20分ほど時間がある。昼食を探しがてら付近を歩いていくうちに、このままバスの進行経路を辿って散歩しながら途中からバスに乗ってもいいのではないかという方向に気が変わっていった。昼食は食べ損ねたので、公園で食べようと思った。

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これはCoCo壱番屋とCOCO’Sが隣り合う通り


ちょうどいいところでバスに乗る。旅をした先で乗るバスは緊張する。整理券方式に慣れていないためだ。今回利用したバスも、まず後方から乗り込んで整理券を取り、降車時に車両前方上部に表示された料金表と整理券の番号を照らし合わせて料金を支払うという方式であった。SuicaやPASMOは使用できなかったが、どうやら専用のICカードがあるらしく、地元民と思しき方々はそれを使用してスムーズに乗降していた。バスが公園に近づくと、デヴィ夫人による案内放送が流れて思わずマスクの下で笑顔を浮かべた。宣伝大使のような役割を果たされているらしい。

公式サイトを見たらデヴィ夫人が女王だった


国営ひたち海浜公園に着いた。入り口からしてでかい。人は、いない訳ではないがまばらで、混雑もしておらず歩きやすかった。

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園内を進む。チューリップがたくさん咲いている場所にやってきた。こちらも五分咲きとのことだったが、多種多様な品種が咲き乱れる様は圧巻であった。ラベンダーで紫の道が形作られているのも美しい。

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……書いていて思ったが、これは本当にラベンダーなのだろうか?そういえば園内で花の説明みたいなものを全く見ていなかった。こんな形をした紫の花はラベンダーくらいしか知らないから、花畑を歩きながら「ラベンダーきれいだなあ」と勝手に思っていたが、wikipediaの画像を見てみると微妙に違う気もする。


花の名前を知らない、そんな状況を解決してくれる、「ハナノナ」というアプリがある。これは撮影した花の名前を教えてくれるという、凄いアプリだ。

何かのきっかけで知り、スマホに入っていたものの、今まで全然使用したことがなかった。自分はあまり花というものを解さない人間だからだ。このアプリに画像を読み込ませ、花の名を尋ねる。

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ムスカリでした。ありがとうハナノナ。すごいなハナノナ。


閑話休題。

園内の案内表示に従ってネモフィラがあるという場所に進んでいく。「みはらしの丘」というところにあるらしい。ここには秋だとコキアという赤い花が咲いているとのこと。公式サイトを見てみると、これもなかなかに凄い。


園内を進み、道を曲がると、その先にみはらしの丘が覗く。

そのとき、空が見えたと思った。

それは違った。水平線や地平線の先に広がる空ではなく、花によって形作られた青だった。その景色が余りにも圧倒的で、空と見間違えてしまっただけ。

本当に驚いた。空と見紛うほどの青を目にするとは思わなかった。うまくこの感覚を伝えることのできる写真がなかったので、これは自分の妄言ととってもらっても構わないのだけれど、ここまで衝撃を受けるとは思っていなかった。正直、五分咲きということだったので、自分の中でそれなりにハードルは下げていた。写真が得意な人が満開のときに収めた一枚のような、完全なものは見られないだろう。それでも一面のネモフィラが見たいという衝動が抑えきれなくて、これを晴らさなければずっと心の中に居座ってしまうだろうと思ったから、勢いのままにやってきたのだった。五分咲きでもいいから、「ネモフィラを見た」という体験を自分の中に作っておきたかった。実績を解除しておけば、とりあえず人生の中で後悔が一つ消えるだろうから。

写真で見るのと、実際に見るのとでは違う。それは分かっている。自分の中の意識だったりも絡むだろうから、その場で自分の中に起こった感情を言葉にするのは難しい。ただ、誤解を恐れずにいうのなら、空が見えたと思った。それだけ、自分の中では衝撃的な景色だった。


近づいてみると、やはり五分咲きというのはわかる。それでも、やはりこの世のものとは思えない光景だった。青い花を見慣れないからだろうか。それとも、ここまで一面に色が広がる景色を見たことがないからだろうか。恐らくはその両方なのだろう。

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本当に綺麗だった。そんな言葉しか出てこないけど。来てよかったなと思った。そして、いつか満開の時期にも来たいなと思った。きっと混んでいるだろうけれど。

途中、ネモフィラの花畑の中の違う花を取り除く作業をしている方々を見かけた。これだけの面積を作業していくのは本当に大変なことだと思う。ありがとうございます。入園料、大人で450円だったけど、本当にそれでいいのだろうか?採算取れているのか少し不安になる。


その近くには菜の花も一面に咲いていた。自分は菜の花畑というと、アニメの「CLANNAD  AFTER  STORY」を思い出す。あれはモデルとなった場所があるみたいな噂を聞く。そこもいつかいってみたい場所だ。

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目的だったネモフィラを見ることができて、かなり満足していた。バスの待ち時間に食べ損ねた昼食を、みはらしの丘のふもとの屋台で購入して済ませる。

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さて、折角来たのだから、他の場所も回ってみようか。そう考えて、園内の奥の方へと歩をすすめた。どうやら、海が臨める場所があるようだ。

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砂丘の植生が再現された場所を通り過ぎていく。この辺りには人が殆どいなかった。

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華やかであった先ほどとは異なり、人もいないこともあり荒凉とした雰囲気の景色が広がる。こういうのも大好きだ。

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本当に人がいない。さらに道はめちゃくちゃに長い。以前、18きっぷで旅をした途中で、徒歩で沖島を回った時のことを思い出した。広大な土地を徒歩で回ることの辛さはあのとき味わったはずなのに、同じことを繰り返していた。本当に反省しないな……。園内にレンタサイクルがあったので、それを使えば良かった。棒になっていく足を思いながら、今更のように後悔した。

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森の中に突如として現れたガラスのエレベーターは、ゲームで隠しエリアを見つけた時のような興奮があった。こういった徒歩で入るような場所を探索するような楽しみは、レンタサイクルだと通り過ぎてしまっていて無かったかもしれない。それはさておき足は疲れていた。

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陽は徐々に傾き始める。あと1時間で閉園とのアナウンスが流れ、そろそろ終わりの時間が近づいてきたことを悟る。

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帰りにもう一度、みはらしの丘を通る。

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チューリップももう一度眺める。本当に色々な種類があって、その一つ一つに名前が添えられていた。

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こんな感じ。「春のあわゆき」にはまだ早かったのかもしれない。



そうして精神的には少し後ろ髪を引かれながらも、歩き疲れた体を引き摺って公園を後にした。スマホで確認してみると、この日の歩数は22,380歩だった。帰りのバスの中で、帰りの特急券を取得する。

勝田駅に着き、少し時間があったので近くを散策することにした。元気じゃん。バスで少し休憩したら体力が復活したらしい。

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こんなレトロな雰囲気の駅があった。駅名のロゴがめちゃめちゃ凝っていてかわいい。それに反するかのような駅の規模の小ささ。

もともとは企業の従業員専用の駅だったようだ。

Wikipediaをみると1日あたりの利用者数が33人と記載されている。採算が取れるのかどうかはわからないけれど、こういうレトロな雰囲気の駅は大好きだ。特急が止まる勝田駅のすぐ近くに存在しているのも、なかなか奇妙で面白い。


電車の時間が来たのでひたちなかを後にする。疲れていて、帰りの車内は殆ど思考が働かなかった。ただぼんやりと、今日は来てよかったなと思った。


東京に着いたら雨の中稲妻が光り輝いていた。ちょうど折り畳み傘を新しくしようとしていたので買ったのだけれど、家の近くでは降っていなかった。

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