日記:いつかの終わりに

疲れているような疲れていないような。ややハイになっていて疲れを忘れている側面はあるのかもしれない。痛みは忘れているうちに突き進むのがよい。それをずっと続けていられるなら。そうしているうちに、痛みを気にしなくてすむほどに強くなれたらよいのだけれど。

「ここではないどこか」はいつまでも美しい楽園であり続ける。いまの自分は幸福だけれど、しかし絶頂というわけではないのだろうという自覚も同時に存在する。そうしていまよりもっと幸せな未来へと向かおうとするからこそ、人は前へと進んでいけるのだと思う。希望があってこそだ。

しかし人は生物であるからして永遠に生き続けられるわけではない。希望はいつか終わる。というか、その希望に届かず終わるときが来る。いつまでも希望に縋ってはいられない。いつまでも前を向いてはいられない。それが恐ろしい。いまの自分は、「生きていれば幸せなことが起こるかもしれない」と思うからこそなんとか歩いていける。でも、いつかそう思えなくなる日が来るのだろうし、そのときに訪れる絶望に立ち向かう術を持ち合わせられない気がする。自分が何もできなくなったあとの未来を信じられるのだろうか。果たしてそこに想いを馳せることが意味を持つのだろうか。生きているうちにそんなことを考えても仕方がないことかもしれないが、それでも終わりに向き合わなければいけないときは来る。どうしたらいいのだろうか。

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