日記:買い物が下手
髪を切った。相変わらず髪を切ってもらうのは苦手である。注文の仕方もわからないし、美容師さんが仰っている髪型やセットの話も全然わからない。みんなこういうことをちゃんと勉強しているのだと考えるとすごいなと思う。自分には無理だ。
部屋の掃除をすべきか否か。とりあえずベッドの上の空間が確保できているのなら、そこでPCやタブレットを開いて作業できてしまうわけで、物でいっぱいの机の上を片付けるインセンティブがいまいち働かない。机と椅子、買ったのはいいのだけれど全然使ってない。なくてもよかったかも。
自分は買い物が下手だなあと思う。買ってよかったものリストを作れるほど、買い物で何かを解決した経験がない。物ではなく、運用の仕方でカバーしようとしてしまうところがある。物理的な存在の効能をあまり信頼していないのかもしれない。むしろ、物質や空間といった要素にとらわれないものこそ、本当の価値たりえると信じているのかもしれない。それはともかく、物を活かすのが苦手だ。
物質そのものに価値があるとは思えないのかもしれない。なぜなら、形あるものはいつか崩れてしまうからだ。物は傷つきくたびれ古くなっていく。その姿を見るのが悲しかった。いずれ失われゼロへと還るのなら、形而下の存在に価値はない。むしろ大切なのは、物質から抽出される情報で、それをどのように受容するかという在り方にこそ意味がある。物に価値が宿るのではなく、物に付随する意味にこそ価値が宿る。だから、同じ意味を得られるのなら、物体があろうとなかろうと関係ないのだ。
ところで私は、ゲームの初回限定版や、ライブ映像を収録したBlu-rayの初回限定版をよく集めている。これは、限定版を買い逃してしまうと、それを手にいれる機会が永遠に失われ、ひいては「手にいれることのできた情報を(ほぼ)永久に喪失してしまう」事態が発生してしまうからだ。この世界から、自分が得られる情報が失われる。そのことを恐れて、自分は限定版という物質を懸命にかき集めている。そしてそれは、手元にあるということが重要なので、特にライブのBlu-rayは再生しないまま棚に入れっぱなしになることも多い。ライブ自体は一度見ているし、その記憶があるうちは、情報としては満足している。特典映像もあるけれど、いつでも見れるといえば見れるし。Blu-rayの発売はライブから時間が経っているので、いますぐ見ようという熱量が高いというわけでもないし。そうして部屋の片隅に限定版が積み重なっていく。やっぱり私は買い物が下手だなと思う。
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