見出し画像

地下アイドルだった

一瞬だけ、地下アイドルだった。

高校生のころ、ネットでいわゆる「精神的ブラクラ」にはまった時期があり、アングラな世界へ足を踏み入れた。
通信制高校に転校して毎日ヒマだった。
よく渋谷駅前とか路上でドラムを叩きながら音楽を鳴らす、耳なし芳一みたいな馬の面をかぶっているおじさんがいるじゃないですか。
あの現代音楽的なものをやっているおじさんを追って私は、新宿JAMという今は亡き東新宿のライブハウスに行った。転がり落ちたという方が正しいかもしれない。
そこで私はアングラの洗礼を受け、自己表現がこんなに気持ち悪い人がいるんだ、と驚いた。
その頃の私は鬱病がひどく、不安定で、自我をこじらせるのにちょうどいい時期だった。
自己表現がヤバいくらい気持ち悪い人たちも、話すと昼間は大学生、会社員、また私と同じように普通の人レールを踏み外してあくせくしている人、本当になんだかわからない人、生活保護など様々で、一人一人が生きていた。
そして私も生きている人間のひとりなのだという感覚が、脳から溢れてショートし、不思議な浮遊感で箱の中をフラフラした。

そこに行くことを事前にTwitterでつぶやいたら、頭のおかしいおじさんに地下アイドルに加入させられていた。リプライに全部イエスで答えていたらそうなった。そのイベントで私は、メンバーと顔合わせをするみたいなことになっていて、およそ地上では出会ったことの無い、今で言うサブカル系の女性数名に挨拶した。
当時の私は対人恐怖なのと、そもそもあまり他人と話したことがなくて、会話と言えるコミュニケーションをしなかった。

初めて入ったライブハウスの汚い床に呆然と立ち尽くしたり、フラフラしていたら、いきなり服の上から亀甲縛りされた。犯人は地下アイドルに勧誘してきた変なおじさんだった。ここは日本の法律や一般的な倫理観が通用しない。変なものを受け入れたり、肯定も否定もしなかったり、ただ混沌の中にいることで盛り上がったり、混沌の中でお酒を飲み昏昏としたりしていい場所。

そんな場所で生まれた地下アイドルのグループに入った。実態は一般的なアイドルの要素が一切無い、魅せるものでなく見世物、ただのアングラ趣味の女たち、オカマ混じりという有様だった。プロデューサーなどいない。統率はとれていない。めちゃくちゃだ。

その後、あやふやだったメンバー数はなんとなく減ってゆき、5、4、3…と数えられる数になり、現在は2人。

プロデューサーが管理してくれるようになってから、活動拠点は新宿JAMから離れていき、東京中のいろいろなライブハウスをブッキングライブで巡り、オリジナル楽曲が多数作られ、CDリリースなど、地下アイドルらしい活動をするようになった。

途中から私は、そのグループでの地下アイドル活動をするのがつらくなってきて、フェードアウトするような形で辞めてしまった。
名目上は「大学が忙しすぎて練習に行けません」ということで、それは本当だったが、たとえばもし私がももクロに所属していたとしたら、大学よりももクロの活動を優先していたし、大学なんてあとから入る。

4人のときまで私は在籍していたが、他の3人のメンバーの音域がおそろしく低い。歌のキーが私に合わなくて、歌うという最初のステップからもう辛かった。

嫌だった理由を書き出すときりがないのだが、つまるところ「私だけがアイドルを神聖視しすぎていた」ことが原因だと思う。

私は田村ゆかりが大好きで、田村ゆかりこそがアイドルの理想の姿だと今でも思う。譜面通りの歌唱ができて、簡単な可愛らしい振り付けができて、愛らしいキャラクターで、ファンが求める仕草や服装をする。
「偶像になること」がアイドル活動の大前提だと強く思う。
現代は変化球的なアイドルがたくさんいる多様性の時代だが私は、田村ゆかりや松田聖子や岡田有希子のようなド真ん中ストレートのアイドルが好きだし、やるならそのようにしたかった。

そのグループでは、コンセプトは定まっていなかったし、「アイドルに対してお客さんが何を求めているか」すら誰も把握していなかった。
だから、なぜかボカロの曲とかそんなもの自分以外にウケないからやめてくれよ〜と言いたくなるような選曲、衣装でやっていた。初恋サイダーでよかったのによ。
私はコミュニティの調和を破壊してまで人に意見したくなくて、提案に対して渋い顔をするメンバーがいたら即、黙った。
またメンバーは全員友達が一人もいないタイプの女子だったため、連携できた瞬間がなかった。

おまけに、地下アイドルの常識であるチェキの文化が、対人恐怖症の私にはつらかった。それが無ければお金は一銭も手元に入らないが、チェキとは、1分キャバクラと言い換えても差し支えないようなサービス業。偶像がやることじゃない。しかも地下アイドルのチェキ1枚の相場は500円。他人に対して長時間ニコニコヘラヘラするには安すぎる。ベタベタ触ってきても嫌な顔はできない。本当に、偶像がやっていいことじゃない。

なんか自分以外全員が悪いみたいな書き方をしてしまったがしかし、私がそもそも「アイドル」と「地下アイドル」を混同していたことこそが間違いだったのだ。この勘違いが無ければ、最初からあんなグループ入ってない。

アイドルの仕事は偶像。崇拝対象であること。美しくあるもの。夢を見せてくれるもの。
地下アイドルの仕事は、ファンとの交流。画面の向こうではなく、ライブで毎週会う。そしてファン同士も顔を合わせるうちにお互いを覚え、地下アイドルとファンたちは、家族のような共同体になる。

そのことに気づいたのは私自身が初めて、地下アイドルのファンになったときだった。
私はその子の気の抜けた歌とぎこちないダンス、洗練された楽曲を好きになって、ライブに行ったら記念にチェキを撮った。それを何度も繰り返しているうちに、「あのファンの人、いつもいるじゃん」が発生した。おまいつ、というやつだ。あの!この前のどこどこにもいましたよね!などと話しかけたりして、私もまた「おまいつ」になった。
ある日イベントのに、絶対いるおまいつがいないときがあった。隣のおまいつに、○○さんどうしたんですかね?と尋ねたら、別の現場いってんじゃないすかねー。とおまいつは言った。
地下アイドルの子がファンを名指しでMC中にいじったりもする。

ファン同士で生存確認したり、パーソナルな情報を共有している。不思議な感覚だ。友達じゃないけど、ただの知り合いよりは結束している、絆のようなものがある。私はここに、アイドルの姿を見に来ているのに。

それでなんとなく、わかってしまった。
最高の地下アイドルは、最高に歌がうまくはないし、顔もそれ以外も決してメジアン以上ではないが、愛してくれるファンの一人一人を、顔と名前を認知して大切にする。そんなの、あまりにも距離が近すぎないか。それってアイドルとまったく別物じゃん。ああ、別物だったんだ。

私は、アイドルになりたいという淡い夢を抱きながら、地下アイドルグループにいた。歌とダンスがうまくなって、綺麗になって、それで認められたかった。そんな悲しい齟齬に気付かないまま1年…?くらいは活動した。ああ、人生経験だったな、くらいに思っている。

地下アイドルを否定しているわけではない。私はアイドルが好きなのであって、地下アイドルはぜんぜん趣味じゃない。それだけだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?