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日本脳炎の「注意報」について

昨今さまざまな感染症が話題となりますが, その中では季節性をもつものも少なくありません.

一般的にもっともよく知られた感染症の1つであるインフルエンザは冬に流行することから感染症は主に冬に流行しやすい, というイメージもあるかもしれません.
ただ夏でも流行に注意が必要な感染症は数多くあり, 小児における代表例としてはヘルパンギーナや手足口病, 咽頭結膜熱(プール熱)といった夏かぜなどがあげられます.

それ以外でも注意が必要となってくる感染症の1つが日本脳炎です.


日本脳炎は日本脳炎ウイルスによって引き起こされる感染症で, 主に日本脳炎ウイルスに感染したブタを吸血したコガタアカイエカという蚊がヒトでも吸血することで, ヒトでも感染するようになります.
したがって感染しているブタが多くなると, それだけ感染したブタを吸血した蚊も増えやすくなりますから, ヒトでも感染するリスクが高くなると推測されます.
実際, ブタの50%以上が日本脳炎ウイルスに感染するとその約2週間後からその地域に日本脳炎患者が発生してくるという研究結果も報告されています (*1),

そういったことから, 日本脳炎の感染リスクが高まっている状況を把握するために, 1965年からブタでの日本脳炎抗体保有状況の調査が行われており, その結果が随時公表されています.


その調査結果に基づいて, リスクが高いと判断された場合には自治体によって注意喚起がなされます.
最近でもいくつかの自治体で「日本脳炎注意報」が発表されたことを報じたニュースを目にされた方も少なくないかと思います.


この「注意報」が発表される基準は自治体によってやや異なりますが, 2-メルカプトエタノール(2-ME)感受性抗体(IgM抗体)がブタの血清から検出された場合に注意報が発表される場合が多いようです.
この2-ME感受性抗体は最近(2週間以内に)ブタが感染したことを示している, とされています.
したがって2-ME感受性抗体陽性という結果が得られるということは, 最近感染したブタがいることを示唆しているため, ヒトにおいても感染リスクが高いと判断されるわけです.

また上述の通り50%以上のブタでの感染が, ヒトでの感染リスクが高くなっていることが過去の研究結果から示されているため, 抗体(HI抗体)保有率が50%以上, というもの基準に含まれている場合もあります.


さて, この「注意報」については, あまり聞き慣れないものかもしれませんが実は珍しいものではありません.
実際に日本脳炎のリスクが比較的高い地域である香川県で1966年から2009年までの状況を評価した研究では, 多くの年でリスクが高い状況となっており, 8月ごろにはリスクの高い状況となっていることが多い, ということが示されています(*2).


つまり夏の今時期くらいにはリスクが高い状況になるのは, 特にリスクの高い地域ではほぼ例年通りといっても過言ではありません.
なので特別に焦ったり不安に感じたりする必要はなく, 例年通りの注意でよいと思われます.

逆に「注意報」が出ていないからと大丈夫, というわけでもありません.
たとえば近年でも, ブタのHI抗体保有率が50%に満たない地域での日本脳炎の発生は報告されていますし, また調査が行われていない自治体も少なくありません.
従って, 注意報が出ていなかったとしても, 夏が来たら, 「注意報が出た時」の対策を同様に実施してもよいかもしれません.


ではその「注意報」が出た場合には基本的にはどうすべきでしょうか.
日本脳炎を予防するために有効な方法としては
・ワクチンを接種する
・蚊に刺されないようにする

といった方法が考えられます.

ワクチン接種に関しては, 長い期間予防接種が行われてきていることからほとんどの方は接種が完了していると推測されます.
また蚊に刺されないようにするためにはいくつかの手段がありますが, 虫除けを用いるのは有効な方法の1つです. イカルジンやディートと呼ばれるものが成分として含まれている虫除けが有効とされています(*3)
従って, 普段から日本脳炎ワクチンが接種可能な時期になったら適宜接種しつつ, 注意報が出る時期になったら虫除けなどを用いるなどして蚊にさされないような対策をとる, といったことが好ましいでしょう.


日本脳炎は現在では稀な感染症ではありますが, 現在でも発生は報告されており, 死亡率や後遺症を残す割合は決して低くはありません.
ただ有効な予防策はありますから他と同様にできることを知ってそれを実践していけば, 過度に恐れる必要はないものだと思います.


<参考文献>
1) Konno J, Endo K, Agatsuma H, Ishida N. Cyclic outbreaks of Japanese encephalitis among pigs and humans. Am J Epidemiol 1966; 84(2): 292-300.
2) 多田芽生, 薦田博也, 池本 龍一, 三木 一男. 香川県における豚の日本脳炎ウイルス抗体保有状況-1966 年~2009 年- 香川県環境保健研究センター所報 2009; 9: 75-81.
3) CDC. Japanese Encephalitis. (最終閲覧. 2021年8月4日)


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