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ネジにまつわる思い

日本に帰ってきてから色々と思うことはあるんですが、何について一番不満を投げかけてきたこというと、やはりネジだと思います。日本のみんなと仕事をするようになってまだ数年ですが、みんな口をそろえてクサカベさんはネジにうるさいと言うくらい。

たかがネジ。されどネジ。あまりにみんなにネジの話をしてきたので、noteに書いてみようと思いました。

木ネジとマシーンネジ

ここで一旦ネジの大カテゴリーを紹介します。イギリスではISO規格のネジを使っていてるのですが、ISOではネジのカテゴリーは主に木材などに使うWood Screwsと、機械などに使うMachine Screwsに分かれます。Wood Screwsはその名の通り木ネジです。かたや、Machine Screwsは日本語でなんて表記されるのか分かりません。もしかしたら「ボルト」と言っているものがそうなのかもしれないですが、ここではマシーンネジとしておきます。

そしてついでにネジ頭の穴についても話をしておきます。これらの窪みはネジを回す為の穴なのでDriveと言って、よってそのDrive穴に差し込んでネジを回すツールのことをDriverと言います。そう、なのでドライバーなんです。

Poziが無い

日本に来て、一番最初にネジに対して「あれ?」と思ったのは木ネジについてでした。最初はまだWilcoやMisumiなどのネットショップを知らなかったのでホームセンターに買いに行っていたんですが、どのホームセンターを回ってもロンドンで使っていた木ネジが無いんです。それがPoziの木ネジです。

Poziというのはネジ頭の穴形状(Drive)の一種で、見た目は一般的な+ドライバーのヘッドに近いです。しかしよく見ると斜め45度に細い切り込みが入っていてより大きいトルクがかけられるようになっています。ロンドンではみんなPoziヘッドの木ネジを使っていました。ほんのちょっとの形状の違いですが、こちらの方が性能が良いからです。その割に値段は同じくらいですので、Poziを使わない理由はありません。

しかし日本のホームセンターでは一つとして売っていないばかりか、誰に聞いてもPoziの存在すら知りません。まるでミラーワールドに迷い込んだかのような感覚でした。「Poziを使わないどころか、知らないなんてそんなことあるのかな。」と思ってましたが、今になってもPoziを知っている・使っている人と会ったことが無いので、どうやら日本では全く普及していないことが身に沁みました。

ちなみに、+字のいわゆるプラス頭の穴形状ですが、こちらも本当の名前はPhilipsと言います。なのでドライバービットにもPHと書いてあるはずです。ちなみにPoziのドライバービットにはPZと表記があります。

PZとPHのドライバービット。PZの方はDrive穴の斜め45度の切り込み用の突起が追加されていてPHより複雑な形状になっている。

マシーンネジでもPH

その次に「なんだかなあ」と思ったのは、マシーンネジについてです。日本で仕事をしていくにつれて、日本ではマシーンネジでもPHヘッドを使うことがあるという事実を知りました。これも全く初めての体験で、ロンドンでは極小サイズを除くとマシーンネジにPHヘッドのものなんてありませんでした。基本は六角穴のHexと呼ばれる穴です。これはもちろんこちらの方がトルクがかけれるのでネジとしてのパフォーマンスが格段に高いからです。今はさらにもっと大きいトルクがかけれるTorxという形状が主流になってきています。日本ではヘクサロビュラと呼ばれるDrive穴形状です。

マシーンネジは木ネジと違い、つけたり外したりする機会が多いネジです。一度締めてしまってあとはもう外さないのであればPHもありかもですが、外す可能性のあるところは最低でもHexをお勧めします。また、PHは大きいトルクをかけるとすぐ穴がダメになってしまうので、車や自転車など使うネジに締め付けトルクが指定されているような用途にも使えません。

にもかかわらず日本ではマシーンネジでもPHヘッドが使われる場合があるのは、他のヘッド形状に比べて価格が安くなっているのと流通量が多いというのが表面的な原因ではないかと思っています。確かにPHはDrive穴の常用サイズが3サイズしかないので、ツールを揃えるコストが低くほぼ誰でも扱えるという利点もあります。しかし、明らかにパフォーマンスの低いものを未だに使い続けているというのはあまり良い話ではありません。

HexとTorxのドライバービット。Torxはいわゆる星形でかなり複雑な形状になっていてネジの値段も割高なことが多い。

ドイツでは木ネジさえもTorx

そして直近で一番の衝撃だったのがドイツでの出来事です。2020年の頭、まさにコロナが世界に広がる直前のタイミングでしたが、設営でミュンヘンに行っていました。そこで現地のカーペンターと作業をしていて気づいたのですが、彼らが使っていた木ネジはなんとヘッドがTorxだったんです。Hexの木ネジですらロンドンでも中々お目にかかれませんでした。それがドイツではすでにTorx...。

そこでそのカーペンターに聞いたところ、2-3年前に社内の木ネジのシステムを全部HexからTorxに変えたということでした。その時思わず僕は日本の木ネジ状況に対しての不満を言ってしまいました。

「ドイツは良いね木ネジでさえすでにTorxで。というかその前もちゃんとHexだったんだね。日本なんで未だにPhilipsなんだよ。」

ところがそのカーペンターは同情してくれるどころか、なぜ僕が不満を言っているのか分からない様子でした。話してみると、こういうことでした。

「明らかにBetterな選択肢があるのにそれを選ばない」という思考がそもそも存在していないのです。

この感覚を文章で上手く共有できるかわかりませんが、違う文化の人と話しているとしばしば遭遇する感覚です。表面的な文化の違いだけではなく、思考の仕方や意識の仕方も根本的に全く違うところがある、という感じです。

彼は同情をしてくれなかったのではなく、そもそもBetterじゃないもの・ことを選ばないという思考が彼の中には存在していませんでした。なので僕が何に不満を持っているのかが理解できなかったのです。

その時、「ああ、おれもこんな環境でモノづくりしたいな。」としみじみ思いました。「Because that's better」で全てが解決できてしまう世界。

Because that’s better

これらの経験から何を一番感じ取ったかというと、日本というのは「いまそれでワークしてるんだったら別にそのままで良いじゃん」という趣が強い文化の国なんだなと、ということです。木ネジにしてもマシーンネジにしても未だにPHが主流というのは、価格や流通量もあると思いますが根本的にはこの文化的なことが理由だと思っています。

もちろんそれゆえ変わらず受け継がれていることもあると思います。しかしモノづくりを生業にしている身としては、変わることを恐れるどころかむしろそれが当たり前で、「Because that's better」で誰もが納得できるような環境で仕事が出来るというのは凄く幸せなことなんです。

日本でもそんな風にモノづくりが出来ればなぁ。そう思いを馳せずにはいられない出来事でした。

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