見出し画像

生まれて初めて一人で街を歩いたのは…

天皇の「またいとこ」に当たる三笠宮家の彬子女王が書いたオックスフォード大留学記「赤と青のガウン」が人気を呼んでいる。博士号取得は女性皇族として初、海外の大学で博士号を取ったのは皇族で初めてなのだそうだ。読んで、何より印象深いのは、瑞々しい感性、ユーモアあふれる筆致だ。皇族が自分の言葉で、自らの気持ちや暮らしを率直に語る、その記録に心を動かされた。

彬子女王が客員教授を務める京都市立芸術大学のサイトより

彬子女王は、昭和天皇の弟で、古代オリエント史の歴史学者としても知られた三笠宮崇仁(たかひと)親王の孫。というよりは、崇仁親王の息子で、「ヒゲの殿下」のニックネームを持つ三笠宮寛仁(ともひと)親王の長女と言った方が、分かりやすだろうか。

「ヒゲの殿下」三笠宮寛仁親王

彬子女王は1981年12月生まれ。学習院大文学部史学科の学部生時代の2001年から1年間、交換留学制度でオックスフォード大のマートン・コレッジに留学した。さらに卒業後に、2004年から5年間、改めてマートン・コレッジの大学院で日本美術を学び、博士号を取得した。マートンはオックスフォード最古のコレッジの一つで、同じ学習院大史学科とマートン・コレッジを出た今の天皇は、彬子女王が初めて留学に出る時に、食堂での食事、洗濯、図書館での本の借り方など細かいアドバイスをしてくれたという。

マートン・カレッジ(オックスフォード大学日本事務所のサイトより)

彬子女王の現在の役職は、日本ラグビーフットボール協会名誉総裁、日本・トルコ協会総裁、中近東文化センター総裁、日英協会名誉総裁、京都産業大学日本文化研究所特別教授、京都市立芸術大学客員教授、法政大学国際日本学研究所客員所員など多数。

中でも、日本の伝統文化継承のため、子供たちが伝統芸能や伝統工芸に触れることができるワークショップを行っているNPO法人「心游舎」を有志と設立し、自ら総裁を務めていることが目を引く。


この留学記「赤と青のガウン」は2015年に出版された。しばらく入手困難になっていたこの本が、今になって話題になっているのは理由がある。ちょうど1年前、X(旧ツイッター)に投稿された以下のようなポストに、たくさんの「いいね」が付き、バズったことだ。

これをきっかけに、彬子女王本人が出版元のPHP研究所に掛け合い、文庫化が決定した。「文庫版へのあとがき」にはその経緯とXのポスト主への謝辞が書いてあり、ポスト主には彬子女王の自筆メッセージ入りの本が届けられたそうだ。

日本ならば必ず「側衛」と呼ばれる護衛がつくが、オックスフォードに来て初めて一人で街を歩いた。格安航空で到着したジーンズにセーター姿で、スーツケースを自分でゴロゴロ運んできた小柄な東洋人が、入国審査で外交旅券を出した時に係のおばさんが怪訝に思ったのも当然だろう。

博士号を取るための教授による指導は、当然のことながら「日本のプリンセス」だからといって、情けも容赦もない。旅行の際の失敗談、英語の壁、論文執筆の苦労、仲間たちとの楽しい交流の日々などは、皇族のメンバーであることとは無関係に、留学体験記として読み応えがある。

博士論文の研究テーマは「19世紀末から20世紀にかけて、西洋人が日本美術をどのようにみていたのかを、大英博物館所蔵の日本美術コレクションを中心に明らかにする」というもの。

私自身がロンドン駐在時代にお世話になった大英博物館日本セクション長だったティム・クラークさん、セインズベリー日本芸術研究所所長のニコル・ルーマニエールさんらの名前も登場する。博士論文では、拙著「平野丸、Uボートに撃沈さる」で言及した大英博物館の学芸員で詩人のローレンス・ビニョンにもフォーカスを当てたと知り、とても親近感がわいてくる。

2017年1月、大英博物館の「北斎展」オープニングでスピーチするティムさん

彬子女王はの本書について、留学を温かく見守ってくれた全ての方たちへの、心からの感謝の気持ちを込めた「最終報告書」だ、と書いている。悪戦苦闘の末に博士号を取得するまでの、苦しかったこと、楽しかったことをつつみかくさず、素直に書いていることは心に響く。

恐らく文才があるのだろう。現在、日本文化をテーマにした雑誌「和楽」で書いているコラムも、大変読みやすい。


先月、英国王室が専門の君塚直隆関東学院教授の講演を聞く機会に恵まれた。最近インスタグラムを始めた皇室の情報発信について、英王室の対比で、もっとできることがあるはずだと訴えられていたのが印象に残った。

まあ、天皇直系や秋篠宮家などとは異なり、やや傍系の家系だからこのようなことも可能なのかもしれないし、ざっくばらんな人柄は父親の「ひげの殿下」ゆづりなのかもしれない。

自分としては皇室に強いアタッチメントは感じないが、それでも、こういう人がいるのならば皇室のことを身近に感じ、共感できるという人がもっと増えるだろうし、日本の皇室の在り方も違ったものになるのではないか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?