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生きること、死ぬこと、そのむこう

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牧師として、人の生死や生きづらさの問題について、できるだけ無宗教の人とも分かちあえるようなエッセーを書いています。一度ご購入頂きますと、過去の記事、今後更新される記事の全てをご覧…
このマガジンの記事を踏み台に、「そういえば、生きてるってなんだろう?」と考えを深めて頂ければ幸いで…
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2023年10月の記事一覧

わたしのなかの偶像

わたしには、恋愛対象とは思っていない人から言い寄られて心苦しく思ったり、気持ち悪く感じた…

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なぜセクハラをするのは若者よりおっさんなのか

わたしは、セクシャルハラスメントを自分ごととして考えている。倫理的に潔白でありたいからで…

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聖書のストーカー

中年男性の性について語ってきたが、性に悶え、悩み苦しむのは彼らだけではない。若い男性もそ…

隣人の欲望こそわたしの欲望

それにしてもイエスの言葉の、なんと厳格で、実行の難しい言葉であろうか。独身の頃は、結婚す…

健全な宗教内のカルト

カルトの宗教と、そうでない宗教とのちがいは何だろう。いつもそれを考える。たとえば、カルト…

窃視そして欲情

教会に来た女性と、男性の欲望、というか、わたしの性的欲望の話をした。あらかじめお断りして…

信仰にまつわる覚え書き

わたしはこれまで、衰退しゆく一方の教会をどうやって盛り上げていくか、そのことばかり考えてきました。ちょうど、池口龍法師が、フリースタイルな僧侶たちという運動で、寺興しに懸命に取り組んできたことに通じます。わたしは無職の頃、彼のお寺に行ったこともあります。それは何かのイベントで、妻といっしょに行きました。さまざまな宗派のお坊さんや、一般の方も参加していました。一人ひとり、お寺の備品である木魚をお借りして、みんなでいっしょに「なんまいだー(南無阿弥陀仏)」と唱えながら、ひたすら木

性のズレ

今年、精神科病院における、看護師による患者への虐待が、内部告発により発覚した。そのときに…

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