疲れていると人はなぜ本が読めなくなるかという本を、疲れた人は読めるのか

読んでない(疲れていたからではない)ので知らないけれど、きっと読んだのだろう。有名になったから僕の耳にも入ってきた。人の認知には限度がある、認知コストの高いタスクを続ければ疲弊し、愚かな判断をしたり、認知コストの、
高いタスクに挑むのに回復を待たなければならない。こんな内容の本なのだろうと予測したうえで、ではなぜ疲弊したサラリーマンはこの本を読む/読めるのだろうか。きっと自分の状況に刺さっていると感じて認知の別腹が生まれたのだろう。別腹は科学的に存在する。オレキシンという物質によって快楽物質が分泌され欲するとかなんとからしいのだが、これが本にもあるとする。しかし問題は食べ物と違って本は読んでみるまで分からないということだ。そこでタイトルが効いてくる。なんとも疲弊した向上心サラリーマンに刺さりそうだ。ライトノベルのタイトルももしかしたら同じ現象なのかもしれない。

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