シシフォスの春

エアコンから水が垂れている。
店員に指摘をしたのは隣の客だった。
店員は何処からか持ち出してきたモップで床を拭き続けていた。
垂れた雫は床で弾け、周りに四散するのを見届け、水を床にモップで塗りたくる。
ポツネンという音を合図に、店の制服を着た女性はモップを前後に動かす。規則的に、一定のリズムを保ちながら、世界の秩序を守るように、丁寧に拭いていく。滴っては拭き、拭いたそばから降り頻る。やがて店は閉店の時間となり、店の電気は落とされ、エアコンからはもう水が出なくなっていた。気づけば私は彼女を店が閉まる時間まで眺めていたのだ。閉店後、店の前で彼女を待ち伏せて、私は彼女にこう告げた。
「付き合ってください」

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