風に恋う|第1章|03
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堂林のスマホを引っ摑んで、基は教室を飛び出した。階段を三年生のフロアがある四階まで駆け上がる。まだ担任が来ていないのを確認して、三年二組の扉を開けた。
「玲於奈っ!」
鳴神玲於奈はすぐに見つかった。ドアの近くの席で、友達とお喋りしていたから。
「これ、玲於奈だろっ」
詰め寄って、堂林から奪ったスマホを見せる。とっくに再生は終わっていたけれど、玲於奈はそれが何の動画なのかすぐに理解したようだった。口元がにやついている。
「えー? 知らない」
「知らないわけないでしょうが! これ見たの玲於奈しかいないんだから」
そもそも動画を撮影した人物の立ち位置からして、玲於奈以外有り得ない。
「可愛い幼馴染みの勇姿をネットの世界に残しておこうと思って」
「ネットリテラシーって言葉知ってるっ?」
「いいじゃない、別に顔と名前がばーんと出てるわけじゃあるまいし。定演の動画の方がよっぽど誰が誰だかわかるようになってるんだから」
「早速クラスメイトにばれてるんですけど!」
玲於奈は「え? 噓」と目を丸くした。スマホの画面を覗き込み、「あっ」と声を上げる。
「凄い、アップしたの一昨日なのに、思ったより再生回数行ってる」
「嬉しくもなんともないよ!」
肩で息をする基に対して、玲於奈は近くにいた友人に「こいつ、私の家の隣に住んでんの」と基を紹介し始めた。
「おーい、お茶メガネ!」
廊下から、基を呼ぶ声がした。
「いきなり四階に駆け上がってくから、どうしようかと思った」
三年二組の教室に入ってきた堂林は、玲於奈に小さく「どうも」と会釈し、基の腕を摑む。
「スマホ、俺のスマホ返して」
ていうか、もう先生来るぞ。そう言いながら、基を教室の外に連れ出そうとする。
そんな彼を指さしたのは、玲於奈だった。
「君、コンクールで見たことある。《いやらしいトランペットの人》!」
玲於奈が大声で言うもんだから、近くにいた三年生達が一斉にこちらを見た。堂林は、基のときのように「なんだよそれ!」とは言わなかった。
代わりに、弱々しい抗議の声を捻り出す。
「……勘弁してくださいよぉ」
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