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煙る記憶

 かつおのたたきが好きだ、と思っていた。高知県に旅行に行った際に食べたかつおのたたきが本当においしくて、それ以来スーパーで見かけると結構な割合で買うし居酒屋でもよく注文していた。たっぷりの薬味とたれとともに食べるのはもちろんおいしいけど、高知で塩で食べたのが忘れられなくて家で食べるときはたれではなく塩で食べていた。
 おいしい、確かにおいしいのだけど本当に私はかつおのたたきが好きなのだろうか。マグロやサーモン、タコ、イカ、アジ。大好きな魚介類を差し置いてまで買うほど、かつおのたたきが好きだっただろうか。
 考えてみてふと、私はかつおのたたきではなくあの日の高知旅行が好きなのではないかと思った。大好きな友人と行った、一泊二日の旅行。友人の家に泊まって旅行のプランを立て、わくわくしながら行った高知。桂浜を眺め、路面電車に乗り、はりまや橋を渡り、ごっくん馬路村を飲み、居酒屋でかつおのたたきを食べた。藁焼きのかつおは香ばしくて、塩だけのシンプルな食べ方が最高においしかった。友人とカウンターに横並びで座って食べたあの光景がいまでも忘れられない。地元の人が集まるところだったからか少し肩身が狭くて、でもなんだかわくわくして。焼けた藁の煙が立ち込めるガラス越しのキッチンを二人で熱心にながめた。あの日を思い出したくて、私はいまでもかつおのたたきを食べているのかもしれない。
 諸事情で友人は遠出が難しくなり、さらにご時世的な制限で会いに行くことすらできなくなってしまった。
 ひさびさに彼女に会いたい。今日はかつおのたたきを買って帰ろう。