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海に行きたい

「海行きたい!!」
 思わず声が出た。なんてすがすがしいCMなんだ。
 とびきりかわいい上白石萌歌ちゃん(打ってみて思ったけど名前までかわいいな)が歌う後ろに広がる海! 白波! 空! はためく黄色いリボン! 最高だ! 完璧だ! 凝り固まった身体からスーッと力が抜けていくような澄み切った景色と歌声と笑顔。キリンレモン無糖絶対飲む! と思ったしここ最近ふつふつとわいていた海行きたい欲が爆発しそうだった。
 びゃーびゃー雨が降っていたとある土曜、海が見たい一心で海方面に向かう電車に飛び乗った。海。とにかく海。駅から海が見えれば最高だけど多少歩いてでも海が見られればそれでいい。海、海だ。海!
 降りた駅は「鵠沼海岸」。海に行きそうというイメージだけで小田急線に乗り、海と名のついた駅を考えた結果、鵠沼海岸で降りた。藤沢で折り返した辺りで海がどうのよりも謎の不安が勝って変な汗をかいていた。鵠沼海岸駅には地元住民以外いないように感じられ、なおかつ海も見えず(誰も見えるとは言っていない)、折りたたみ傘では不安すぎるほどの雨も降っていてなんていうか、マジで何してんだろって絶望した。自分自身がアンビリーバブルだった。バナナマンと彩芽が神妙な顔をしていた。
 みんなの味方、グーグルマップを使って海を目指してみるも、海の方面から戻ってくるしかめっ面のサーファーと3回すれ違ったところで引き返す以外の選択肢が消えた。そもそも進むという選択肢が存在していないなかを無理やり進んでいったのだけど。
 結局一時間以上電車に揺られてまったく知らない駅に降り立って、雨のなか人気のない住宅街を歩いて、海も見ずに帰っただけだった。ただ不安になりながらべしゃべしゃに濡れただけ。何がしたかったんだの極み。我ながら意味わからん。家に帰って呆然としてしまった。

 CMで萌歌ちゃんがいるのは長崎県の大三東駅らしい。はためく黄色いハンカチや駅と海の景色は見たことがあった。愛媛県の下灘駅とかしか知らなかったけど、調べてみると海が見える駅は全国に存在するらしい(海の見える駅を集めた夢のようなサイトもあった。天才だ)。

 前職では出張はほぼ必ず海のある場所だった。朝一、まず海から仕事が始まり、一日かけて周辺を走り回り最終的にまた海のすぐそばまで帰ってくる。海に入ってもいいし海の写真を撮ってもいいし場合によっては船に乗れたりもする、海満喫コースを堪能できる仕事だった。宮崎の海は絶景だったし新潟は海も空気も澄んでいた。長崎の五島は迫力があって山形は波が力強かった。毎年欠かさず行っていたお台場や山下公園は海を身近に感じられてわくわくした。広島や高知も好きだったし石垣島はもちろん最高だった。北のほうはまだ行ったことがないからいつか北海道の海も見てみたい。
 正直、何でこんなに海が好きなのか自分でもよく分からない。海なし県で育ったから憧れがあるのかもしれないし、スポーツのなかで唯一水泳が好きだったっていうのもあるのかもしれない。幼いころから水族館が好きだったから海洋生物への興味もあるのかもしれない。火がこわいから水に安心感を覚えているのかもしれない。とにかく海が好きだ。大好きだ。

 もろもろ落ち着いたら、「水面を見ると落ち着く」という話題で盛り上がり二人で琵琶湖に行ってひたすら湖面を眺めた友人を海に誘ってみよう。

 ……あ、落ち着くから好きなのか、海。