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立命館大学初代生命科学部長谷口吉弘先生に聞く、BKCの誕生にみる大学のイノベーション(2-2) 留学生の日本語教育と日本の大学の在り方


表紙写真:立命館大びわこくさつキャンパス,立命館大学広報

立命館大学初代生命科学部長谷口吉弘先生に聞く、BKCの誕生にみる大学のイノベーション(1-1)(1-2)(2-1)の続きです。2012年2月にFor Lifelong English (TOEFLメールマガジン)に掲載したインタビュー記事を(2-1)(2-2)の2回に分けそのままお届けしていますが、今回はその後半の(2-2)です。



日本語を知らない留学生に理工系の日本語をどう教えるか

鈴木:しかも理工系の日本語も教えなければいけないんですよね。

谷口:はい。英語基準で入学する学生には、日本に来るまで、全く日 本語を学習したこともない学生もいて、日本語レベルはまちま ちです。専門のテクニカルタームは、もちろんわかりません。

鈴木:そうなると、日本語教員だけでは太刀打ちできないですね。専 門分野に熟知している必要がありますよね。

谷口:そうです。テクニカルタームと同時に日本語も教えることが必 要です。そこで、日本語担当の教員と理工系の専門の教員とで ジョイントしているんです。といいますのは、英語基準で入学 してくる留学生の日本語能力には、「ひらがな・カタカナ」も 読めないレベルから、初級、中級レベルと大きな差があり、1 人ではとても教え切れません。「ひらがな・カタカナ」の読め ない学生には日本語担当教員が、初級、中級レベルの留学生に は理工系の専門の教員がサバイバル日本語を含めて教えていま す。

鈴木:いわゆる専門英語に対する専門ジャパニーズですね。

谷口:そうです。理工系ジャパニーズです。今も1クラスを僕が担当 しています。英語基準による「国際産業工学特別コース」開設 以来、10年以上が経過しました。この間、理工学部や情報理 工学部では、元留学生を含めた外国人教員の採用数も増え、彼 らに留学生教育を手伝ってもらっています。また、日本語基準 で入学する理工系学部留学生のための「理工系日本語I, II」科 目も担当しています。日本語基準で理工学部に入学してくる学 生は、日本語学校で1年から2年間、日本語学習後に入学して きますが、彼らが1番困るのは、入学当時、試験問題の意味が 理解できないことなんです。

鈴木:問題の意味さえ読み取れないということでしょうか。

谷口:設問の意味がわからない理由は、理工系専門用語を学習してい ないので、分からないのです。また、レポート作成にも苦労し ているようです。そこで、テクニカルタームを含めてレポート 作成時の日本語表現の仕方を丁寧に教えることが必要になりま す。

鈴木:日本語は話せても書くのはなかなか容易ではないですよね。

谷口:特に1年生は日本に来たばかりですから、生活に慣れるのも大 変で、大学での学習を進めていく上でも様々な問題を抱えてい ます。これらの諸問題を大学として早めに解決していかない と、全体の学習が遅れ、落ちこぼれを生みかねません。だか ら、入学時の早い段階で、学習への手当をしなければいけない と思います。ある程度学習が軌道に乗ってくれば、その後の学 習は大丈夫です。そのテイクオフする時の生活支援や日本語も 含めた十分な学習支援こそが、留学生教育を成功に導くことに なります。

鈴木:それは本当に大切ですよね。私もアメリカの大学で留学生を扱 っているライティングセンターを視察したことがありますが、 確かに英語で話せても、論文を書くのが大変で四苦八苦してい る留学生が多くて大変なようです。様々な専攻の留学生が殺到 して、ライティングセンターだけでは専門分野の論文指導には 対応できないということでした。専門分野の先生が時間を割い て英語を教えるなんてことは望めず、非常に困っていました ね。

谷口:そうなんです。今後日本の大学の国際化が進むにつれて、理工 系日本語を教えられる人材を養成しなければいけないと思って います。大学の国際化の進展に伴い、大学院における英語によ る専門教育は充実する方向にありますが、せっかく日本に来て 勉強しているのですから、日本語や日本文化を学ばせる仕組み 作りも大切です。また、留学生の日本での就職に際しても、ビ ジネス日本語学習は欠かせません。

鈴木:谷口先生とはここ何年かお付き合いさせていただいております が、非常にきめ細かく、若い留学生の相談にのっていらっしゃ いますよね。世界中に先生が教えられ、面倒見られた留学生が いらっしゃるんじゃないでしょうか。

谷口:そうですね。僕が世界でも特殊な分野の研究(高圧下の水およ び生体関連物質の化学)を専門としている関係で、結構外国人 研究者や留学生が来ていたんですよ。今、一番活躍している元 留学生は、ポーランドから来た留学生で、立命館大学で理学博 士を取得しました。大学院修了後、母校(ワルシャワ大学)で 就職がみつからないということで、僕の友人であるポーランド の高圧力研究所の所長に頼んだところ、幸いにも研究員として 採用してくれました。この元留学生は、今、ヨーロッパで若手 研究者のホープとして大活躍しています。その後、研究が認め られて、現在ポーランド科学アカデミー高圧力研究所の准教授 に昇格するとともに、母校であるワルシャワ大学の准教授を兼 務して、後進の指導にあたっています。彼の活躍は僕の誇りで もあり、うれしい限りです。世界中に研究仲間や元留学生がい るので、海外出張はなかなか楽しみです。それから日本を離れ ると、大学からの役職上の制約もなく、気分的にすごく楽しく なってきます。


谷口吉弘先生と聞き手筆者(谷口先生研究室2011年)

日本の大学のあり方について

鈴木:今、日本全体に閉塞感がありますよね。でも海外に行くと、こ の前もイギリスに行きましたが、あんなに経済状態が悪いのに イギリス人の学生たちは、落ち込むどころか、なんとか打開し ようと一所懸命でした。先ほど、イノベーションというキーワ ードが出てきたんですけれども、これからの日本の大学の理想 像はどうでしょうか。日本の大学は、人数比ではかなり大学の 数が多いですよね。

谷口:多過ぎますよね。

鈴木:そうしたら、どのようにしていったらいいでしょうか。

谷口:具体的に、留学生政策のお話をしましょう。ご存知だと思うの ですが、『留学生30万人計画』という話を、聞かれたことは。 あります。 現在、日本の18歳人口は110万人前後で推移しています。2 020年を過ぎるとその人口は急激に減少して、2050年に は80万人まで減少します。この減少分を留学生で補うという のです。また、現在の日本の留学生数は約14万人です。世界 全体では2000年に約180万人だった留学生数が2025 年には700万人以上に増加するとの予測がなされています。 このうち90%以上がアジアからの留学生で、先進諸国はこの 急増する留学生の獲得に非常に力を入れています。このような 世界の状況の中で、日本がそのうちの一定の量と質の留学生を 確保できるかどうかは、日本の長期的な繁栄に大きな影響があ ります。そこで、『留学生30万人計画』の大きな目標は、日本 を世界により開かれた国として、「グローバル戦略」を展開す る一環として位置付け、2020年を目途に、留学生30万人 を受け入れることです。2008年当時は、留学生30万人の 受け入れは、無茶だと、揶揄されました。海外留学に関するも う一つの問題は、日本人学生の後ろ向きの姿勢を反映して、最 近、海外留学が約8万人から約4万人に急激に減少しています。 文部科学省はこのことに危機感をいだき、送り出しについても 30万人を政策目標とすることを決定しました。最近、クリン トン国務長官は、アメリカにおける日本の留学生の大幅な減少 について、今後の日米関係について危機感をあらわにしていま す。

鈴木:「入り」と「出」で各30万人ということでしょうか。

谷口:はい、その通りです。2020年を目途に、30万人の留学生受け 入れと30万人の日本人学生の海外派遣です。これは国の留学政 策(受け入れと送り出し)です。

鈴木:そうですか。

谷口:正直言って高等教育の充実は 国の繁栄の根幹にかかわる重 要な問題です。高等教育機関 の減少は、日本の将来に対し て非常な危機意識を持たない といけないということですよ ね。そのことを受けて、大 学、とりわけ私立大学は、留 学生受け入れに対して積極的 な施策を打ち出していかなければいけません。日本は、アジア の留学生にとってすごく魅力的な国なんです。そのためにも、 留学生にとって魅力ある大学作りは極めて重要な課題です。

鈴木:しかも、それに応えてアジアからの学生が海外に行ってますよ ね。この前、マンチェスター大学に行きましたが、中国から留 学生を呼ぼうとして大変な努力をしているようでしたね。そう しないと、イギリスの大学全体がもう生きていけないと、そん な感じでしたよね。

谷口:そうですね、イギリスの高等教育機関の改革は、サッチャー政 権時代にはじまりました。現在、大学への国の予算が大幅に減 額になり、授業料を大幅に引き上げざるを得ない状況まで追い 込まれています。このことが原因で、学生が暴動を起こしたり して大きな社会問題になっています。先進諸国の大学は、外国 人留学生を受け入れることで、大学の経営を切り抜けようとし ています。このため、留学生には自国大学の学生よりも高い学 費負担を求めています。

鈴木:イギリス国内の学生だけでは、イギリスの大学は生き残れない と。

谷口:オックスフォード大学やケンブリッジ大学は別でしょうが、マ ンチェスター大学などの地方大学は、結局それしか生き残る道 はないんじゃないかと思います。

鈴木:そうなると留学生を入れようということになりますが、レベル を保ちながら受け入れるにはどうしたらいいでしょうか。

谷口:リクルーティングがものすごく大事です。だからマンチェスタ ー大学の先生方は留学生のリクルーティングのために日本や中 国にしょっちゅう行ってますよね。学生の優秀さはテストや大 学からの推薦状だけでは判断できません。留学生の意欲や資 質、将来性を見極めるには直接本人と面接して確かめるしかあ りません。また、留学生が留学先として選ぶ理由に、①教育・ 研究の質、②雇用の展望,③教育費、④安全、⑤入学のしやす さ、⑥ライフスタイルなどが考えられます。特に、優秀な留学 生を引き付けるためには、教育・研究の質は重要で、大学自身 の努力によるところが大きいと思います。そして留学生にとっ て満足度の高い教育を行うことです。また、学生の自主性を尊 重して、学生目線に立つことです。立命館大学も学生目線で教 育していますが、マンチェスター大学でも学生目線ですね。例 えば、マンチェスター大学で我々のグループの1人が大学院生 の研究室所属をめぐって、「自分の研究室に置いておきたい優 秀な学生が他大学の大学院に進学したいと言った場合、マンチ ェスター大学だったらどのように対応しますか?」と質問した ところ、「それは、学生の自主性に任せます」という返答が即 座にかえってきました。普通、自分のところに優秀な学生を囲 い込みたがりますよね。でもそれは、学生目線じゃない。教員 の都合ですよね。

鈴木:そうですよね。

谷口:学生を優秀に育てて、将来その学生が社会で活躍すれば、それ だけで大学は評価されます。イギリスはそういう学生をきちっ と教育する仕組みができているんじゃないかと僕は思いまし た。大学は世界と、日本と、地域社会と、学生との関わりの中 で生かされていることを常に自覚する必要があります。流れに 迎合するのはよくないですが、世界や日本の高等教育の変革の 中で、常にイノベーションしていかなければいけません。イノ ベーションできない大学はいずれ淘汰されていくと思います。 世界の優秀人材獲得競争の厳しい時代だからこそ、大学の経営 者の責任は極めて重大ですが、教員各自は教育レベルにおいて イノベーションをすることが必要です。僕の担当科目につい て、毎年これでよかったと満足したことなど一度もありませ ん。常に毎年の教育方法の反省の上に立って、次年度の教育を 展開しています。人間を対象とする教育には、いくら努力し、 改善してもこれでよいということはありません。毎年入学して くる学生が変わるのですから。その意味で、教育は研究よりず っと面白いと思います。僕の研究対象は物質ですので、満足度 はある程度自分でコントロールができますが、教育の対象は人 間(学生)ですから、毎年このような教授法でよかったのかな ぁと感じながら、教育しています。

鈴木の感想

アメリカの有名大学は世界中から優秀な留学生を集めています。同時 に、受け入れた留学生の成績をみて、出身大学のランキングをするとも 聞きます。もちろん、日本の大学も優秀な「留学生」を受け入れ、優秀 な学生を海外に出すよう努力をしています。グローバル・マインドを有 し、長年留学問題に取り組んだ実績を有する谷口先生のようなリーダー の存在は不可欠です。私はここ何年か谷口先生と同じ学部で英語プログ ラムの立ち上げ、先生が推奨されるような海外交流の実現に向けてまい 進してまいりました。海外の大学の日本語科とのLanguage Exchange Programなどを手始めに、海外留学につなげていきたいと考えておりま す。これまで、谷口先生に何度も相談に行きましたが、先生には強力な サポートと的確なアドバイスをいただき大変助かっております。

次回(3-1)は「大学生の教養としての英語」


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