No.10 稲見昌彦氏〜自在化する身体〜
2022年3月公開『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争2021』が話題になっています。原作は1985年公開の映画であり、リメイクされた今作は昨年公開される予定でした。内容はロシアのウクライナ侵攻戦争をそのまま連想させる、宇宙侵略戦争がテーマです。「子どもにはふさわしくないのではないか」と全国のPTAで論争になっています。子どもたちは昭和、平成生まれも漫画ドラえもんに科学へのあこがれと強い関心を触発されて育ちました。
サイエンス・フィクションが社会を予測して的中させるのは、漫画家や小説家の着想だったのか、社会の小さな技術トピックスからの連想だったのかは不案内ですが、稲見先生もドラえもんが大好きです。
1972年東京生まれで子どもの頃、葛飾の水元公園を駆け回り、足のない鳩に気付き、とても心を痛めたそうです。
――小学校卒業式で校長先生から、「稲見は博士になりなさい」と言われたそうですね?
「住んでいた家の近くの公園で毎日遊んでいました。ある時、足のない鳩がいるのに気づき、原因を調べました。そうしたら、廃棄されていた釣り糸が足に絡みついていたのです。その調べたことを学校で発表したら、新聞社の公募懸賞で表彰されました。それがきっかけで、葛飾区では公園浄化運動まで発展したのです。調べることや発表することが嬉しくて、関心を持つようになりました。」
「子ども心にも、いつドラえもんが机から出てくるんだろうって楽しみにして、友だちとも科学の話題を話し合おうとしました。でも学校の先生も含め、深く語り合うような対話はできなくて、今思えば知的な飢餓感を感じていました。だから卒業式での校長先生の励ましは、今もずっと記憶に残っているのです。」
――もともと科学や研究に興味があったのですね。はっきりと理系を目指したのはいつ頃からですか?
「ずいぶん早くから理系でした。中学では化学部にはいり、発光プランクトンのウミホタルに関心がありました。1984年のロサンゼルスオリンピックの開会式で見たロケットマンに感動し、生物とテクノロジーに一気に夢中になりました。」
「生物工学を学べる大阪大学と東京工業大学を志望し、東工大ロボットサークルを見学してからは第一志望になりました。無事に入学できてクラブ活動ではサイバースペースやバーチャルリアリティの実験に取り組んでいました。」
――光学迷彩、人機一体というのが先生のキーワードですが、その着想はどこから生まれたのでしょう?
「透明マント、タケコプター、いろんな道具がドラえもんのポケットから出てきますね。今までできなかったことができるようになる喜び、そんなことをいつも考えていて、スーパーマンになるには何があればいいだろうって想像するのです。体の交換や拡張、腕や指が増えたらどうだろう、マシンと一体になればどんな感じ方になるのだろう。体と心の変化が研究の芯にあるのかも知れません。」
――先生を追いかける後進に応援をお願いします
「いきなり世界を変えるのでなく、より生活に近いことで興味関心を深めてゆくと、欲しい物があるはずです。それを自分で作り出すことにじっくりと取り組んでください。自分らしさとか、独創性などは博士号を取る頃になると自然に見えてきます。できないことができるように、自分で作る気概をもって欲しいですね。慌てないことです。」
人機一体を感じるために、40歳になってからダイビングを始めて水中での体の動きに感動し、更に昨年はオートバイ免許も取得してエンジンとも一体になったと自覚されたとか。超多忙の研究生活は毎月の海外出張もこなしながら、趣味はご家族との食べ歩きが高じて『肉肉学会・発起人』だそうです。さらには「味覚と嗅覚はバーチャルリアリティでまだ実現できていないから」、いずれ研究対象にするご予定だとか。
「できないことができるように、あわてずに好きなことをやってきた」と語られる現代のドラえもん先生でした。
<取材日2022/03/22>