ホラーは苦手なのですけども
いちはらさん
梅雨明けから延々と続く猛暑にげんなりしていましたが,9月に入るや ふつりと暑さが途切れました。今年の夏は随分と諦めの良いことです。札幌の夏はいかがでしたか。
そういえば
お盆休みでしたね。
お盆休みましたね。
前者はさておき,後者は「お盆」「休みましたね」で区切るのが正しいと知りながら
「お盆休み」(という行為をし)「ましたね」
……と区切りそうになるわたしがいます。脳よ,なぜですか。
「いちはら氏,“お盆休み”ましたね?」
と書こうものなら,不敵な笑みを浮かべた小柄な元気っ娘がメガネ(アンダーリムタイプ)を クイッ とやる姿が浮かんだりもします。脳よ,なぜですか。
ここからさらに,どこかをカナにしてみたり,あるいは欧文にしてみたり。ギラつく日差しをブラインド越しに感じながら,そうして「この1行にどこまで情報を込められるかチャレンジ」をしてしばらく遊んでいました。
ひとり キャッキャ と楽しんでいたら「ねえ。これまで読んできたもの,ちゃんと“区切れてた”って,言い切れる?」と誰かが脳内で囁く声がして,手が止まりました。
首筋がすうっと冷えたような気がしたのは,果たしてタイミングよく動き始めたクーラーのせいだったでしょうか。
***
東京に来てから,夏の生活をやりすごす際「なんか……変……」という,ほのかな違和感を覚えることがあります。それは「水道水」のこと。
30年近くを東北で過ごしたわたしにとって,夏に蛇口を捻ると
「出始め:少しあったかい」→「体感3秒:つめたい」
……という変化を感じるのが「水道水」であり,それが当然のことでした。
それがいま,真夏の東京,我が家で蛇口を捻って出てくる水はといえば
「出始め:ふつう」→「体感3秒:ぬるい(温水プールかな?)」
……まぁ,そりゃそうだ。所変われば品変わるとは,よく言ったものです。
……そう理屈としては理解・認識しているのです。でも,「常識」として意識したこともない,身体の底にある「言語化不要の大前提」のようなものが,暑い暑い夏の日に,手を洗うたび,食器をすすぐたび,揺らぎ,裏返りそうな……ちょっとした乗り物酔いにも似た感覚。
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『やってくる』をゲットしました。
なにやらおどろおどろしい雰囲気の表紙。先日チラ見した映画「来る」を連想してしまうなあ。
そう思って読み始めました。しょっぱなから泣きそうになりました。怖くて。
第1章,これ完全にホラーでしょ……この章だけでジャパニーズホラー短編1つ撮れちゃうやつでしょ……
この本を紹介くださったいちはらさんに,心の中で恨み言を投げかけながら,続きの章へと突入しました。
半泣きで読み進めるうち,小学生頃の記憶が蘇ってきました。
あのね,自分で爪を切るとか耳掃除とかしてるときのことなんだけど。両手の爪を切り終わった/両耳の掃除を終えた,その瞬間に「あれっ? もう何本か/もう何箇所か,なかったっけ……?」って感じがするんだよね。「もっと切りたい」「もっと掃除したい」とか,そういう「物足りなさ」じゃなくて。こう……「なんか合ってない」感じ。「指/耳 って 10本/2つ じゃなかった気がする」……みたい,な……?
夏休みで福島に遊びにきていた従姉妹に,この感覚を面白がって聞いてほしい,あわよくば共感してほしい,そう思って一気にまくしたてたわたしに,彼女はひとこと。
「こ わ い よ」
ですよね。そうじゃないかなって,ちょっと思ってた。
『やってくる』を読んでいると,そんなふうにして,うやむやにしてなかったことにしていた記憶の扉がバンバン開いてしまいそうな予感がして,怪談を前にしたときのような心持ちで,おそるおそるページをめくっています。
読み終わったら,またお知らせしますね。
(2020.9.3 西野→市原)