冬の夜に聞く蝉時雨が広げる夏の空

いちはらさん

夜のラジオ,あれはよいものですね。

とはいえ,昔からあまり夜更かしができない(寝ないと翌日どろどろになる),へなちょこリスナーなわたしには,伊武雅刀氏の『Jet Stream』が就寝の合図でした(気になって確認しましたら,現在の「機長」は福山雅治氏なんですね。ちょっとびっくりですが,なんとなく納得…)。


(それにしても,ラジオを聞くタイミングって難しいものだな)と感じることがありました。

誰かと,特に家族と一緒にいるときには難しい。

演者が何某かのネタを語り出し,そろそろオチがくるぞ! というタイミングで,家族が「そういえばさぁ〜」と話を切り出してくる,ですとか。非常に興味深いテーマの対談を聞いた際に「わぁ! おもしろいね!?」と隣にいた誰かに振ったら「あ,ごめん 聞いてなかった」,ですとか。

なぜなのか。

そう思っていたのですが,そうかあれはライブ空間なんですね。

その場を共有するには,同じ熱量が必要なのだなということに,ようやく気づいた今日この頃です。

聞き逃し配信をしてくれる radiko には感謝しかありません。

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夜、親におやすみを言ってから、寝室のふすまを閉めて、電気を消して布団に潜り込んで、そのままラジオを聴く。隣で寝ていた二つ年下の弟も一緒に聴いていたはずだから今度証言してもらおう。あのとき我々は、「うまいっしょクラブ」を聴いていた。

『もちっこキューの怪』
Shin Ichihara/Dr. Yandel

ここを拝読して,「わたしの聴く」のスタートラインをもう1つ思い出すことに成功しました。


小さい頃,わたしと弟が寝る前に,父がいろいろな音源をかけてくれました。クラシック,ジャズ,ブルース,ポップス…日によっていろいろでしたが,なかでも変わり種でよく覚えているのが,いわゆる「環境音」というのでしょうか。波の音や,夜の虫の声などを収載した音源です。

夜,小さなオレンジ色の明かりだけになった薄暗い部屋で聞く海の音は,まるで足元まで波が迫ってきているようで。おそらく,わたしと同じように心細くなっていた弟とふたり,ふとんの中で手を繋いで,じぃっと波の音に耳をすましていたことを覚えています。


足元まで迫る波…? わたしは,そして弟は,当時,海をみたことがあったのでしょうか。


前述の「環境音」音源には,ほかにも「飛行機のジェット音」「走行中の蒸気機関車の音」などが収載されており,次々に発着陸する飛行機のダイナミックな音や,力強く走る蒸気機関車の音に,特に弟は「かっこいいー!」と興奮していました。


…はて。次々に発着陸する飛行機を,力強く走る蒸気機関車を,わたしたち姉弟は,みたことがあったのでしょうか。

おそらく,あったのでしょう。それはたとえば本の中か,テレビかなにかを通じて,海とは,飛行機とは,蒸気機関車とは,このような動きをみせるものだ。そう知っていたからこそ,音源だけで脳内にその景色が展開されたはずです。

それでも,図鑑や小さなブラウン管テレビをとおして見た映像にくらべて,音源が脳をノックした結果として出てきた,おそらくは「リアルではない」映像のほうが,「なんだか ずぅっと ホンモノっぽい」と感じていたことを覚えています。

*文通,100本を過ぎましたねえ。ずいぶんながいお付き合いですが,今後ともなにとぞよろしくお願いいたします。

(2022.6.17 西野→市原)