混沌のにじみだすところ
市原さん:
あらたま ことほぎ
今年もどうぞよろしくお願いいたします
おととい7日は七草粥の日。召し上がりましたか? わたしは例年なんとなく粥を炊いていましたが,今年は諸般の事情によりメニューは「七草カレー」に変更となりました。
香辛料に追いハーブ。うん,全然いけるっしょ,と謎の自信を胸に,パッケージから七草を取り出しざくざくと刻み始めるや,みるみる台所に満ちていく香りは控えめに言って“雑草”のそれです。「大丈夫かこれ」とちょっと引きましたが,鍋にざっと入れ,炒め,煮込み,ルウを放り込めば,あの野原の香りはどこへやら。晩御飯どきにはきっちり「いつものカレー」がそこにありました。
食品メーカーさんの偉大さに感謝すると同時に,『よつばと!』の名言:「カレーは強いの!」を思い出し,「……いいこという」とひとり強く頷いた次第です。七草カレー,機会があればお試しください。
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このたびは新たなご著書のご出版,誠におめでとうございます!「書店入荷」のお知らせを目にした7日,会社帰りに早速ゲットし,通勤時に拝読しています。
まだ半分弱ですが,面白い。面白いです。あぁ,こういうスタンスで「医師」という職種,「医療」という世界を語ることができるんだ……と,ちょっと感動しています。
内容も素晴らしいですが,文体がこれまでのご著書と少し違っていて新鮮です。なんというか,シュッとした誠実な大人をイメージさせる筆致のように思いました。「中高生をターゲット」とした明快さがありながら,そこに媚びていない。読者の知性を信じていらっしゃることが伝わってきて「自分が中高生のときに,こういう40代に出会いたかったなぁ……」と感じながら読み進めています。
本文のレイアウトも,どこかホッとさせられる文字組で,本書の文体にとてもよく似合っていますねえ。担当書籍のレイアウトを自分で設計することもあるので,たいへん勉強になります。
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レイアウトを考えるとき,1ページあたりの情報量をどの程度にするか検討しながら,文字の大きさやフォントを選ぶのですが,このときページの「余白」も設定します。
市原さんのご著書を拝読しながら,今まで経験則で設定していたこの「余白」について,ふと思考が逸れはじめました。
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書籍を「情報を保存するメディア」とするなら,データを詰め込むことを優先し(文字の大きさ・字間・行間は可読性を損なわない配慮をしたとして),ページの上下左右,限界までギチギチに文字を詰め込んだほうが効率的なはずです。
でも,本の作り手も読み手も,それを好みません。
ページあたりの快適な情報量というものがあるらしいことは,感覚的にはわかります。ではこの「快適」を決めているのは何なのでしょう。
文字が詰め込まれた紙面は「美しくない」という,視覚的要素がその大きな理由の1つだろうか……と勝手に納得しかけたところで,先日読んだ京極夏彦氏の講義録が思い出されました。
中高生向けに行われた講演会で,氏は
言葉は人の内側=混沌から一部を切り出し,秩序化したもの。だから,言葉になった誰かの思いや考えというものは,その時点で元来の意図から「欠けた」状態になっている
……という旨のことを言っておられました。
「行間を読む」という言い方もありますが,本を読んでいるとき,そこに切り出された言葉では掬いきれなかった,欠けてしまった「混沌」が,「にじみ出してくる場所」として,わたしたちは無意識のうちにこの「余白」を利用している可能性もありはしないだろうか……
正月ぼけの頭で,そんな勝手な妄想をしては楽しんでいます。
(2020.01.09 西野→市原)