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針仕事は嫌いではない(得意でもない)

いちはらさん


記憶について,前回のおてがみで,こう書いてくださいました。

いや、もっと言えば、カメラすら使わず、スケッチブックに「自分が好きな部分だけを描く」ことが、案外一番近いのかもしれない。

無意識加工自撮りシステム
Shin Ichihara/Dr. Yandel

なるほど…

うなずきながら何度か拝読しているうち「綻びを繕う・仕立て直す」みたいなイメージがわたしの脳に浮かんできました。

一連のプロセスには,自分が生きているストーリーとの整合性をとる,一種の防衛本能…みたいなものが含まれるのでしょうか。うぅむ。 


ということで,『カンデル神経科学』,書庫からひさびさに取り出してきました。お,重い。でかい。よう先輩もおっしゃっていましたが,まさに鈍器本。

立ち読みはほぼ不可能な1冊です。自分の机においたうえで,目次を頼りに記憶について書いてありそうな章を「よっこらせ」と開きまして(目的の章が後ろのほうだと開くのも大変),つつーっと目を滑らせます。


あー,こんなこと書いてあったんだっけ。ほぼ忘れてるなあ。と,自らの忘却を実感しながら記憶の章を読むという行為に,そこはかとない「自分ごと」感を覚えているうち,紙面の「構造変化」の文字に目がとまります。

・記憶のプロセスでは,シナプスの構造が変化する


神経系のニューロンが外界からの刺激などに応じて機能・構造ともに変化すること,いわゆる可塑性については,知識としてはもっておりました。何かしらの要因で構造が失われてしまった脳部位に関しては,その機能を代償するようなネットワークが発達することがある,ということも聞いたことがあります。また,たとえばプロスポーツの選手の技能に関する脳内ネットワークと,わたしの脳が同じはずがない。それも感覚として理解しています。

ですが,今回あらためて,この教科書で,この文面に遭遇して,背中がザワザワとしました。

今わたしが,カンデルを読みながら,数年前にカンデルを読んだときのことを思い出している,この瞬間に。「読んでいた,あの当時」の記憶と「読んでいる,いまこの時」の記憶が織り混ざり,新しい記憶が作られている。

それはつまり,リアルタイムで,わたしの脳のどこかで,か,形が…? 変わっている…という…?

おてがみの冒頭で「記憶のプロセスって,仕立て直しのイメージ」とは書きましたが,「仕立て直す(物理)」という感覚は,もち合わせていなかったわけでして。

おぉ…可塑性,こわ。


それにしても。

記憶とはものごとをありのまま保存する機能ではない。
脳は情報をいじくりまわして、創作物としての記憶をつくりだし、更新していく。

無意識加工自撮りシステム
Shin Ichihara/Dr. Yandel

こうしてみると,某・少年漫画で敵のネコっぽい亜人キャラがやっていた「脳から直接,記憶を聞き出す」っていう方法は,はじめてみた時は「これやられたら終わりだ…」と度肝を抜かれましたけども,じつはあんまり精度のいいもんではないかもしれないですね。

同じようなワザを使って得た情報をもとに立てた作戦に失敗して,「あいつの脳,ぜんっぜん当てにならねえな!」とか言うキャラが出てくるマンガ,いつか読んでみたい気がします。しませんか。

(2022.7.15 西野→市原)